日本とアメリカ こんなに違うIoT営業現場
ビジネスエンジニアリング株式会社(B-EN-G)の海外現地法人として5拠点目となる「B-EN-Gアメリカ」(Business Engineering America, Inc.)が米国シカゴに設立されて10月で丸3年になる。製造業向けIoTソリューションの販売に力を入れているが、進出した当初は日米の文化的な違いに対応できず営業活動で戸惑ったという。この苦境をどう乗り越えたのか。B-EN-Gアメリカ社長の館岡浩志と日本で教師を務めた経験もある営業担当のJonathan Brandt(ジョナサン)に、この3年間を振り返ってもらった。
「NO」と言わないアメリカ!?
「こんな製品を待っていたんだ」「素晴らしい!」――。
B-EN-Gアメリカが設立されて間もない2017年、テキサス州で行われた製造業向けの展示会での一幕だ。製造設備の稼働状況のデータを記録できる、B-EN-GのIoTソリューションの一つ「mcframe SIGNAL CHAIN」について、ジョナサンが参加者の前で説明すると、称賛の声が相次いだ。
入社したばかりのジョナサンはこの展示会が「初出勤日」。日系企業に勤めていた父の影響で日本語を学び、日本食は「納豆とシシャモ以外大好き」という日本通。米国ではB-EN-Gアメリカが初めての就職先だった。大学卒業後に6年間勤めた佐賀県での英語教師の仕事を辞め、日本人の妻とともに帰国してすぐに入社した。
英語教師時代のジョナサン。旅行先の黒川温泉(熊本県南小国町)の旅館にて
館岡から製品に関して簡単なレクチャーを受けただけだったが、「まるで古参社員のような巧みなセールストーク」(館岡)でブースは大盛況に。館岡もジョナサンも新規顧客の獲得を信じて疑わなかったという。
だが、そこからが険しい道のりとなった。展示会で称賛していた参加者に電話をかけても出てくれず、メールを送っても返事がない。「米国人は相手を喜ばそうと表現が過剰になる時がある。例えばレストランでハンバーグを注文しただけで、ウエイターから『パーフェクト』と褒められることもあるぐらいだ」とジョナサンは苦笑する。
米国の州立大学を卒業した館岡も「私が留学していた頃は『曖昧な日本人とイエスかノーをはっきり言う米国人』といったステレオタイプなイメージがあったが、最近の米国人は日本人よりもある意味で機敏に空気を読む傾向がある。何でもオブラートに包んで角が立たないように話す京都の人のようだ」と意外なギャップの存在を指摘する。
会社の利益より個人の利益
日米の文化の違いに振り回されたケースは他にもある。転職が激しい米国では、急に担当者が変わることが珍しくない。十分な引き継ぎが行われず、プロジェクトの遅滞や中止に陥ることが何度もあった。
「米国は良い意味でも悪い意味でも個人主義の国だ」と館岡。好待遇やスキルの向上を求めて転職を繰り返すのが当たり前のため、在職中は職歴をいかに充実させられるかというのが重要な要素となる。
「世界的に導入されているソフトウエアに習熟していれば転職の際に有利に働くが、日本のソフトウエアの場合はそうとは言い難いため、導入してどんなメリットがあるかを明確にする必要がある。導入によって工場に具体的な効果が生まれ、職歴にプラスになるというところまで担当者に納得させる必要がある」(館岡)
メールよりも対面が一番?
ビジネス上の日本人と米国人の違いだが、Eメールを例にとってみよう。
「日本人はまめな人が多いから送ったらすぐに返事がくる。しかし、米国人は連絡手段に好みがある。電話に抵抗感がない人は多いのに、メールはほったらかしという人が少なくない。今はコロナ禍で難しいが、展示会のようなフェイス・トゥ・フェイスの場で次のアポイントをしっかりと取ることが大事だ」(ジョナサン)
ソフトウエアのフリートライアル(無償)で遠慮がないのも米国流だ。日本人なら本当に必要な機能に絞って試すところだが、「米国人の担当者は何でも試したがる」とジョナサンは話す。
IoTソリューション導入の際にも、新しい分野の試みであるにも関わらず、最初から様々な機能を求め、結果的に失敗してしまうケースが目立つ。「まずは導入範囲を絞り、効果を見極めながら少しずつ拡大する日本流のやり方を伝えるよう心掛けている」という。
地道な営業活動の甲斐もあり、B-EN-Gのmcframeシリーズを導入した企業は、米国とメキシコの2か国で約50社に上る。(*2020年8月現在)最初の交渉時には他社に流れてしまった企業が「工場内のデータをあれもこれも取ろうとして失敗した」と、B-EN-Gアメリカに助けを求めてきたケースもあった。
「B-EN-GのIoTソリューションを導入していただいた企業はスムーズに運用ができている。もっと対象の設備を広げたいという声もあり、私たちが進んできた方向はどうやら間違っていなかったようだ」とジョナサンは手ごたえをつかんでいる。
B-EN-Gが米国に現地法人を設立した背景には、日本発ソフトウエアベンダーとして世界で勝負したいという思いがあるという。カギを握るB-EN-GのIoTソリューションや、米国の製造業の動向について館岡に聞いた。
日本発ソフトウエアの悲願
――B-EN-Gアメリカが設立されて丸3年を迎えようとしていますが、そもそもの設立の経緯についてお聞かせください。
「きっかけはIoT自体が世界的なトレンドになってきたことです。B-EN-Gは早くから製造業向けIoTソリューション関連製品を開発してきました。ただ、ソフトウエアの世界は基本的に何でもアメリカ発なんですよね。とにかく、米国の市場で存在感を出せないとやがて淘汰されてしまいます。携帯電話が良い例で、日本のマーケットに固執したために『ガラパゴス化』してしまいました。米国に押されっぱなしの日本のIT業界ですが、日本が得意とする製造業向けのIoTソリューションなら勝算があると考えたのです」
「もう一つの側面として、トランプ大統領が掲げる『アメリカ・ファースト』も挙げられます。米国では2000年前後から始まったグローバル化の影響により、海外への工場移転が進み、製造業の空洞化を招いてしまいました。しかし今、再び米国に戻そうという動きが加速しています。IoTも大きく求められる下地ができたと考えました」
――米国の製造業は以前と比べて力を失ってしまったのでしょうか。
「この20年余りで製造業からかなりの技術・人材が流出してしまいました。日本とドイツが製造立国として確固たる地位を築いており、その後ろを中国が追っていますが、米国はさらにもう一つ後ろというのが現状ですね。私たちのライバルとなる製品もドイツやカナダの企業が手掛けており、米国企業ではあまりありません。製造業の知見の蓄積がない中で製造業現場向けのソフトウエアを作ることは無理があるのです」
IoTは工場の「家計簿」
――B-EN-GのIoTソリューションの特徴についてお聞かせください。
「IoTが登場する以前は、工場の現場マネジャーが稼働状況を知ろうとしても、リアルタイムで把握することができませんでした。また、ひと言でPLCからデータを集めると言っても、稼働データなのか、センシングデータなのか、どのような形式でどれくらいの頻度で送られてくるのか、そもそもそのデータは正しいのか、ITベンダー側で接続検証する設備はどうするのかなど、簡単そうに見えて実は課題だらけでした」
「しかし、弊社のmcframe SIGNAL CHAINでは、工場内の信号灯にIoTのデバイスを付けるだけで、今何色が光っているのかといった情報を無線で飛ばすことができます。さらに、工場の稼働状況をダッシュボードに表示し、一目で分かる仕組みになっています」
「家計簿に例えると分かりやすいかもしれません。『支出が最近増えたから削ろう』と言っても、支出の正確な額が分かっていなければ話になりませんよね。ところが、例えば今まで5万円だった支出が3万円増えて8万円になったと把握できれば、改善策を検討することが容易になります。工場も家計簿と同じです。IoTで工場の稼働状況を『見える化』することが大事なのです」
「また、mcframe RAKU-PAD(米国ではmcframe R-PADとして販売)では、手書きで紙に記入していた製造日報や伝票をタブレット端末(iPad)に置き換えることができます。従来は、後でエクセルにまとめ直し、管理者が集計を閲覧できるまで1カ月かかることも珍しくありませんでしたが、R-PADに入力すればすぐにデータを確認できて、問題あれば即時に対応策をうつことができます」
カイゼンの知見がIoTに
――B-EN-GのIoTソリューションにはどんな強みがありますか。
「私たちのソリューションには、地道に『カイゼン』を続けてきた日本の製造業の知見が詰まっています。データの収集・分析は簡単そうに見えて実は大変難しいのですが、弊社のソリューションはパッケージ化されていてすぐにできるようになっているのが最大の強みです。自社で必要な設定や変更もできるようになっています」
――IoTソリューション導入にあたって注意すべきことは。
「様々ありますが、まず人材育成の視点を持つことが大事ですね。IoTによって収集された大量のデータを分析し、活用できることが不可欠になりますが、それができる人材は非常に少ないのが現状です。だからといってITベンダーに任せきりにすることはお勧めできません。自社の現場の知識はやはり自社の人材しか持っておらず、外部に任せきりにした結果、不要で使えない大規模システムとなってしまう恐れもあります」
「弊社のソリューションを導入した米国の工場からは、『従来は経験だけで運営していたが、データに基づいて議論できる職場になってきた』という声があがってきています。弊社のソリューションによって米国の工場に日本のカイゼン文化が根付き、ものづくりの力が向上するお手伝いができればと願っています」
(文・共同通信デジタル 須藤祐介)
※本インタビューは2020年8月現在の内容です。
B-EN-Gアメリカのメンバー。左からジョナサン、館岡、ミッチェル(IoT技術担当)