ストップ!OKY・OKI 本社と現地で揉めないシステム構築のコツ
「OKY」と「OKI」という言葉をご存じだろうか。「OKY」とは「お前がここに来てやってみろ」の略で、海外拠点の現地駐在員が現地事情を理解していない日本本社に対して不満を表す隠語のことだ。一方、「OKI」は「お前の代わりはいくらでもいる」の略で、本社側が現地駐在員を非難する時に使う。昔からありがちな両者のすれ違いは、海外拠点にシステムを導入する際にも見られる現象だ。
本稿では、本社と現地で異なる立場・状況をふまえながら、特にシステム導入前の企画フェーズ(目的、ゴール、予算化)の進め方について、ビジネスエンジニアリングの生産管理システム「mcframe」の開発とシステム導入経験を持ち、同社インドネシア拠点赴任、現タイ拠点赴任中の内田雅也に聞いてみた。
海外拠点側の事情
①最大のハードルは予算
海外拠点がシステムを導入する際に最大のハードルとなるのは予算の問題だ。近年、海外子会社への内部統制が強化されたこともあり、多くの海外拠点では数百万円を超える投資予算案件には本社稟議がほぼ必須となっている。年間売上高が数百億円を超える海外拠点ですら、本社決裁となることも多々ある。
人事・会計系のシステムであれば、規模的に当該予算を超えずに現地決済できることも多いが、生産管理を伴うERPシステムの場合は、ユーザー数も多く、製造現場・設備とも関与するため、当該予算を超えてしまうことが大半だ。本社稟議となると、本社のキーマンへの事前根回しもあり時間がかかる上に、ただでさえ慣れていないシステム予算となると、より腰が重くなり予算化を諦めてしまうという現地駐在員も少なくない。
システム導入の予算をどこから捻出するかは、担当者にとって難しい課題だ(写真はイメージ)
では、どうすれば「予算化」という最初のゴールに辿り着けるか。重要なのはシステム予算稟議に慣れている本社の経営企画・IT・海外事業部門の協力を得ることだ。そして、さらに重要なのは、本社側の事情をよく知ることである(後述)。
一般的にシステム予算は、年間売上高の1%程度が目安とされる。その中での海外ビジネスの比率は企業ごとに異なるため一概には言えないが、大半の海外拠点は、本社のすべての事業を行っているのではなく、一部の事業に特化していることが多いため、本社の売上高よりもずっと低く、売上高の1%程度の予算ではシステム費用をまかなえないこともある。
そういう時こそ本社の知恵を借りよう。類似案件の事例、費用対効果の見せ方、フェーズごとの検収タイミング、建設仮勘定、減価償却費発生タイミングの工夫など、多くの経験を持つ本社メンバーから学ぶべきである。
また、海外拠点では基本的に職務(Job Description)による専門職採用であるため、ERPシステム導入プロジェクトのように関連業務を見渡せる人材は少なく、導入プロジェクトは日本よりも時間がかかる。
こういった海外拠点の事情も考慮して、ビジネスエンジニアリング(以下B-EN-G)では、「Small Start, Long Growth」を推奨している。
STEP1:在庫・受払実績見える化(実績収集中心)
品目(原材料・仕掛品・完成品)ごとの入出庫実績を正確にシステム入力することで在庫の見える化(情物一致)を実現。棚卸精度の向上、異常入出庫の発見に役立てる。
STEP2:予定・指示データのシステム化
入出庫予定・指示データをシステム化することにより、MRPを活用した将来の在庫推移を見える化。予定・指示vs実績の予実分析を可能にする。
STEP3:計画シミュレーション・原価管理
複数パターンのシナリオに合わせた計画シミュレーション、マスタに基づく標準原価と実績データに基づく実際原価の原価差異分析を実現。
このように、いくつかのフェーズに分けて、年度をまたいだシステム導入プロジェクトとすることで、予算や人的リソースを考慮した導入が可能になるのだ。
②企業の成熟度によって変わるシステム導入難易度
海外拠点が現地に進出してからの時期、およびビジネス・組織の成熟度によっても事情が変わってくる。
進出してまもない「立ち上げ期」拠点の場合、工場建設予算として既にシステム投資が含まれており、本社から人的リソース支援も見込める。また、既存業務に引きずられることもないため、システム導入は比較的スムーズに進む。ただし、そもそも立ち上げ期のため確実に人材不足となるため、システム導入メンバー個々への負荷は高くなり、注意が必要である。
自立してビジネスを拡大し始めている進出10年程度の「自立期」拠点は難易度が高い。現地メンバーによるルーティン業務が確立しており、システム導入のためだからと言って慣れた業務を変更させられることに抵抗が強く、たとえ受け入れたとしても新システムに対し細部まで理想にこだわることが多いためだ。このケースでは本社や他拠点の事例、そしてなによりも日本人幹部の強いリーダーシップが不可欠となる。
自社の海外拠点がどの段階にあるのか、見極めが必要だ(写真はイメージ)
進出20年を超えて、組織もビジネスも「現地化」を推進している拠点になると、システム刷新プロジェクトを進めやすくなる。このクラスになると、一度ERPや生産管理系のシステムを導入・開発した経験があるため、現地メンバーも導入プロジェクトを好意的に受け止めてくれ、導入作業に協力的であることが多い。ただし、経験がある分、要求レベルも高いため、単に標準機能を押し付けて導入すればいいという考えは捨てたほうがいい。その場合、柔軟な対応が求められる。
日本本社側の事情
①日本本社のメリットを見える化
次に日本本社の担当者の立場で考えてみよう。新会社・新工場の立ち上げといった一大プロジェクトとは異なり、特定の海外拠点のERP導入となると、上司・経営層への強いアピールとはなりにくい。せっかくの苦労が自分の成果につながらなければモチベーションも上がらない。上司・経営層に効果やメリットを上手にアピールできるよう工夫が必要だ。
その工夫の1つとして提案したいのが、特定の海外拠点向けERP導入を起点とした海外拠点共通の管理会計基盤構築だ。おそらく財務会計においては、各海外拠点から月次で財務諸表の報告があるはずだが、管理会計についてはどうだろうか。
過去の経験上、管理会計の数値まで本社に毎月レポートされるという話はあまり聞いたことがない。誤解を恐れずに言うが、財務会計レポートを見たいのは経理・財務部門など特定の人だけであり、大半の上司・経営層が見たいのは管理会計レポートだ。
具体的には、財務諸表・勘定科目ごとの金額データではなく、得意先・品群・事業部門ごとの数量・金額・比率データである。複数の海外拠点を持っている会社であれば、こういった管理会計レポートを単純に拠点横並びにするだけでなく、地域別・拠点規模別・事業別にグルーピングして比較するなど、データ活用の幅は無限に広がる。その可能性こそ本社の担当者のアピールすべき将来像であり、その一端としてのERP導入だと訴えることができる。
また、財務会計とは異なり、管理会計(特に日本の製造業が得意とする原価管理分野)は海外の大学では学べるところも少ないためか、詳しい人間がほとんどいない。海外拠点だけで管理会計レポートの作成・活用を始めるのは非常に困難である。そこで本社の出番である。本社で使用している管理会計レポートの海外展開、管理指標・KPIの基礎教育など、現地側だけではできない分野や苦手な分野を手助けすることにより、本社の担当者の存在感・信頼感をアピールできる。
ここで、本社側ではすでに管理会計の仕組みを構築済みで確立しており、担当者も管理会計を熟知している前提かのように聞こえるかもしれない。もちろん構築済みで熟知しているに越したことはないが、そうではない場合は、いい機会とみて、学習し構築するのはいかがだろうか。
先述のとおり、海外では管理会計・原価管理の分野を学習するのが難しい。学習本があるとしても英語であるため、理解には相当の時間がかかってしまう。その点、日本は恵まれており、日本語の管理会計・原価管理の書籍が多数あり、入門書から専門書までそろっている。
②VUCAな時代の海外拠点にこそ必須な機能
先の読みづらい「VUCA」の時代に求められるERPシステムとは?(写真はイメージ)
VUCAとは、
V:Volatility(変動性)
U:Uncertainty(不確実性)
C:Complexity(複雑性)
A:Ambiguity(曖昧性)
の頭文字を取って作られた単語で、まさに現代社会・ビジネスの特徴を表している。
2020年はコロナ禍も加わったことで一層VUCA度が増した1年となった。たとえコロナ禍が収まったところで即ビジネス環境が改善されるという見込みは少なく、今後も同様の状況が続くと見込んでおくべきである。
コロナ禍における各国の対応を見てもわかるが、海外では予測できないことが日本よりも多い。非常事態宣言や大規模社会制限が急きょ開始され、また、制限中で集会が禁止されていようが、インドネシアでは宗教行事が行われ、タイでは反政府デモが起こる。
このような状況下では、ビジネスの先行きも読めたものではない。そこで必要とされるのが「シミュレーション」であり、ERPシステムが最も活躍できる範疇と考える。
製造業における企業活動の中心となるSCM(調達→生産→物流→販売)の実績データという「過去」を積み上げていき、「現在」の状況を見える化し、得意先や販売代理店のフォーキャストを元に「未来」を組み立てる。
今、その「未来」が予測し難いものであれば、複数のシナリオ(ベストケース、ノーマルケース、ワーストケース)を想定し、それぞれのシナリオに沿った施策を日々考えていかなければならない。
シミュレーションの種類も多様であり、生産計画シミュレーション、購買予算シミュレーション、工数(稼働時間)シミュレーション、予算原価(標準原価)シミュレーションといくつでも挙げられるが、海外拠点で今最も必要とされるのは、予算原価シミュレーションであろう。
毎月最新のフォーキャストに基づいたシミュレーションを行うことで、ワーストケースがこのまま続いても耐えられるか、固定費削減の大きな手を打つか、今のうちから得意先への営業を強化するかの検討ができる。逆に、ベストケースが続くとしたら残業・三直・設備投資・他拠点応援などのアクセルをいつから踏むかといった施策検討をシミュレーションの数値を見ながら着実に行うことができる。
上記観点から、管理会計とその大元となる原価管理、およびシミュレーション機能を長所とするmcframe生産・原価システムは日系製造業の海外拠点向けERPシステムとして強く推奨できる。
③駐在員の生態を知る
もっとも、本社が深く考えずにGOサインを出し、現地に丸投げするのも問題だ。本社の十分なサポートなしでシステム導入に成功した現地法人はあまり聞いたことがない。同様に、現地法人が本社に丸投げしてもやはりうまくいかない。本社と現地法人が良好な関係を築くことこそが成功の大きな条件と言える。
そのためにも、本社側は駐在員の「5年サイクル」をよく理解しておきたい。メーカー企業の駐在員の任期は5年程度が一般的だ。
駐在員の赴任サイクルを意識したプロジェクト進行が肝心(写真はイメージ)
海外赴任が初めての場合、1年目は仕事と生活に慣れるので精いっぱいだ。仕事面では、前任者からの引き継ぎ、現地メンバーとのコミュニケーション、海外拠点特有の業務など、生活面では、アパートの選定・引っ越し、現地言語の習得、土地勘の習得、ゴルフ修行、家族帯同であれば家族のケアや、子供の学校対応など。そういった状況で本社からシステム導入を依頼することがいかに無茶であるかを理解してほしい。
仕事も生活も慣れた2年目以降がチャンスだ。駐在員も現地の問題点に気づき、長期的な視点に立ってシステム導入の必要性を感じていることがある。しかし通常業務で手が回らず、やりたくてもできない(時間がない)という人も多い。こういったタイミングで本社から救いの手が差し伸べられると、まさにお互いがWin-Winのプロジェクトになるだろう。
逆に5年目になると、帰任が近くなってきていることもあり、後悔しないようにと国内旅行にいそしんだり、帰任準備を少しずつ始めたりする。なにより、システム導入・稼働するときに自分がいるかもわからないのではモチベーションも上がらないため、適切なタイミングとは言えないだろう。その後、後任と交代となることでシステム導入検討もリセットされてしまう。
本社側はこの駐在員の「5年サイクル」の妙を理解しつつ、定期的にコミュニケーションを取って相手の状況を探った上で、適切なタイミングでシステム導入の話を切り出すべきである。
システム導入が決まった後は
プロジェクト推進を海外拠点任せにせず、適材適所で本社からサポートすることを検討してほしい。可能であれば、日本本社からサポートメンバーを派遣することで導入プロジェクト自体を浸透させること、また現地スタッフの協力を得られるよう促したい。
また現地側もIT部門の従業員1人をシステム導入の専任とすることを推奨する。既存システムの保守作業と兼任してしまうと、トラブル発生時などに打ち合わせに参加できず、プロジェクトの進行が遅れてしまいがちだからだ。専任者がいるとメンバーのまとめ役にもなれ、プロジェクトの成功率は格段に上がる。
海外特有の事情も考慮に入れたい。例えばインドネシアの場合、国民の9割近くがイスラム教の信者。毎年、約1カ月にわたってラマダン(断食月)とレバラン(断食明け大祭)が行われるため、期間中は作業が遅れることを前提としたプロジェクトスケジュールとすべきである。
言語の問題にも気を付けたい。シンガポールやマレーシアを除くASEAN地域の人たちの英語力は決して高いとは言えない。ローカルスタッフが英語を話せると言っていても、現地語しか話せないことを前提に、通訳を用意した方が無難だろう。
もっとも、B-EN-Gインドネシアでは日本留学経験のある日本語が堪能なインドネシア人が複数いるほか、B-EN-Gタイではタイ語ができる日本人が複数いる。ベンダー側にバイリンガルのスタッフがいた方が安心してプロジェクトを進められるだろう。
その他、プロジェクトのスケジュール、作成ドキュメント、担当者アサイン等、プロジェクトを進める上での工夫ポイントについては別途紹介の機会をいただきたい。
第2弾「海外システム導入プロジェクト推進の落とし穴・運営のポイント」へ続く
内田 雅也(うちだ まさや)
2002年、B-EN-G入社、mcframe事業本部(現プロダクト事業本部)配属。mcframeプリセールス・導入コンサルティング・商品開発を担当。タイ、中国、インドネシア、シンガポールでのmcframe導入を多数経験している。mcframeの海外ビジネス担当としてインドネシアに5年、タイに2年駐在した。趣味はランニング、トレイルラン、トライアスロン、読書。
https://global.b-en-g.com/blog/indonesia-uchida