無意識に「罰」を下している?駐在員が知っておくべきマネジメントの「NG」
ビジネスエンジニアリング(B-EN-G)などが実施した「海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査(2022年版)」では、日系企業の現地法人の多くが人材育成に関する悩みを抱えていることが浮き彫りとなった。いかに現地スタッフの自発性や可能性を引き出し、組織を好転させる人づくりを実現するか。タイをはじめ、ASEAN地域で日系企業の現地法人向けに人材開発を支援するWS PARTNERSとB-EN-Gの両者が語り合った。
~「海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査 分析レポート」はこちら~
~レポートから解説した「ASEAN諸国におけるデジタル化の実態」はこちら~
【登壇者紹介】
加藤健太氏
WS PARTNERS PTE LTD Managing Director
リクルートグループにて新規事業立ち上げなどを歴任後、2014年から株式会社ウィル・シードにおいて教育コンサルタントとして企業の若手育成に従事。2017年にシンガポール赴任。ASEAN日系企業向けの研修サービス事業責任者およびコンサルタントとして「経営の現地化=最適化」の支援を行なっている。
西尾健史氏
WS PARTNERS PTE LTD Senior Consultant
大手電機メーカー勤務時に行動分析学によるマネジメントの習得をきっかけに教育分野に転身。海外経験を活かし2019年よりASEAN地域の日系企業向け人材教育のWS PARTNERSにてSenior Consultantに就任。現在はその知見を基にASEAN人材の行動や認識を変える教育プログラムの開発に責任者としても携わっている。
喜多井健
ビジネスエンジニアリング株式会社 上席執行役員 グローバルビジネス推進本部長
1999年、東洋エンジニアリングからB-EN-G設立に伴い転籍。ERP SI事業、ERPライセンス事業の営業責任者を歴任後、2014年から海外事業の立ち上げに携わる。現在は海外事業の責任者に加え、本社の経営企画部門と人事部門を管掌している。
能力あるも自発性が見られない訳
喜多井健(以下、喜多井):現地法人の人材開発の支援に携わる中で、どのような実態を目にしていますか。
一方の現地スタッフは、管理職の役割が理解できていないことが多い。組織全体への意識が薄く、他部門との連携や部下の育成も消極的。言われたことしかやらない傾向が強いと感じます。
喜多井:共感する点が多いです。現地スタッフについては管理職の能力や自発性がないとは思いませんが、自分の仕事を守ることに精一杯になってしまっているというのは実感としてあります。背景にはどのようなことがあると思いますか。
加藤:社会や文化のなりたちが影響している部分もあります。タイでは「罪と罰」という考え方があるようです。小さな失敗でも厳しい罰が待っているという意識を30代以上の人々から強く感じます。余計なことはせず、目上に意見しない。上が言うことに従うのがいいといった従業員像があるように思います。
喜多井:現地スタッフが意見や提案をせず、受け身になりがちなのはASEANの他の国でも比較的、共通しているように感じますね。
加藤:そうですね。ただ、濃淡があります。インドネシアでは「スンカン」と呼ばれる「慎み」の文化があり、日本の「空気を読む」文化をさらに強烈にした感じです。会議では、このスンカンが働くので、皆ニコニコして何も言わないみたいなことが起きやすい。シンガポールは受験競争や社会格差が苛烈なせいか、100点主義みたいなところがある。失敗を過剰に恐れる。常に100点でないといけないといった考え方があるように感じます。
いずれにしましても、日本と比較すると「上司との権力格差が大きく、決定がトップダウン型である」という、受け身の姿勢を生み出しやすい風土は各国に共通性があります。
西尾健史(以下、西尾):現地法人側のマネジメントのあり方も無関係ではありません。どれだけ頑張っても周囲と差がつかない、昇進の基準が不透明である、といった問題があれば、自発性を発揮しても無駄と考えてしまいますよね。
あと、日本人管理職とのコミュニケーションのギャップもある。日本人が思う以上に、彼らにとって日本人管理職は打ち解けて話せる相手ではない。関係が構築できていない相手の前で、自発性はなかなか発揮しにくい。
加藤:国の社会や文化のあり方が影響している部分はなかなか変えられません。ですが、マネジメントを含む組織のあり方を見直していくことで、現地スタッフの行動を変えていけると我々は考えています。
無意識に「罰」を下していないか
喜多井:では、どのようなアプローチで現地スタッフの自発性を引き出すマネジメントに取り組んでいけばよいか。お二人の考えを伺いたいです。
西尾:大きく分けて2つポイントがあります。1つ目が、現地スタッフに対して会社側の期待をきちんと伝えることです。「いろいろ察してね」と言葉にしなくても理解してくれることを求めるスタイルはハイコンテクスト・コミュニケーションと呼ばれますが、それでは伝わりません。明快に言語化して伝える「ローコンテクスト」のコミュニケーションが基本です。
2つ目が、組織の中で安心して発言や行動ができる「心理的安全」な環境をつくること。その上で、主体的な行動を取った方が得だと感じさせるマネジメントをしていくことで現地スタッフのマインドは変えていけるはずです。
喜多井:逆に言えば、心理的安全が確保されない状態とはどのようなものでしょうか。
発言の意図や根拠をつかむために質問することは必要ですが、よく耳を傾けずに尋問となってしまうと、報告や意見をしたのに罰が下っていると現地スタッフに受け止められてしまう。会議など大勢が見ている前では、なおさらです。
喜多井:日本人管理職がよかれと思ったり、当然と考えたりしていることが、現地では思いがけずマイナスになってしまうことがある。日本人的な感覚の部分で他にも注意すべきところはありますか。
加藤:課題認識の強さと逆算主義について、気をつけたいですね。課題認識の強さでは、現地スタッフが成果を報告に来た時に「ここが不足しているよね」と出来ていないところをつい指摘したくなる。これでは、せっかく報告に行ったのに「罰」が下された状態になる。逆算主義も同様で、現地スタッフが7割まで取り組んだことに対し、すぐに残りの3割をどうするかという議論になりやすい。
まずは7割達成したよね、と承認すべきです。タイやインドネシアの人々は積み上げ思考といわれます。承認が得られることで、次の行動につながっていきやすくなる。そういうことを意識してほしいです。
喜多井:その通りだと思います。日本人管理職が自分たちの常識や感覚を押し付けてはならない。話が少しそれますが、お客様などから「日本人駐在員にはどのような適性が必要か」と問われることがよくあります。そういう時、「フニュフニュ」とした人だと答えています。自分の考えがない訳ではないが、それを押し付けない。それでいて、日本本社からドーンと要求が来ても柔軟に受け止められる。部下からガンガンと言われてもしなやかに耳を傾けられる。そういう人物の方が本人も心が折れることなく、現場もまわっていく。
経営の現地化が組織を成長させる
喜多井:WS PARTNERS様は現地スタッフの育成を通じた「経営の現地化」を強調されています。その狙いや意義について教えてください。
加藤:我々が考える経営の現地化は、意思決定のすべてを現地スタッフで実施していくという意味ではありません。目指すのは、現地での事業に適した組織の最適化です。日系企業の現地法人の顧客は日系企業がメインとなる場合が多いのですが、それのみでは市場が限られる。成長のためには現地の企業も取り込まねばなりません。事業部門などには現地人の優秀な管理職やスタッフが多く必要になります。やはり、現地スタッフは現地人管理職がマネジメントした方がうまくいきやすい。
喜多井:現地人同士の中でマネジメントがきちんと機能し、会社がまわるように確立することで組織の持続可能性を高めることにもつながりますね。
加藤:その通りです。持続可能性が高まるというのは、安心して長く働ける環境が構築されるということです。離職率低下に寄与し、業務のナレッジも蓄積しやすくなり、組織の競争力が高まっていく。そのためには現地人管理職の存在がカギとなります。日本人管理職と現地スタッフの間でその橋渡しをする現地人管理職が育っていけば、組織の上にも下にも情報がうまくまわっていくようになります。我々はこの組織モデルを「ミドルアップダウン型組織」と呼んでいます。
この点が改善できれば、組織全体のパフォーマンスも上がっていく。そういう意味でも現地人管理職の育成は大変重要な視点といえます。日本人管理職は数年で日本に戻りますが、現地人管理職は大切にすれば10年、20年と会社にいてくれて、会社のパフォーマンスも上げてくれる。現地人管理職を育てていくというのは、最高の投資対象と考えるべきです。
加藤:良いマネジャーがいると良いプレーヤーが生まれる。そうすると職場の雰囲気や環境もさらに良くなっていく。社員の「ウェルビーイング」(心身ともに良好な状態)も高まっていくでしょう。現地人管理職の育成は現地法人の組織づくりにおいてそれだけ重要なことなのです。
喜多井:多くの企業で、現地で人材が育ってきていて既に現地化が実現している北米や中国の現地法人では、日本から管理職は頻繁には行かなくなっていますよね。今、お二人が話されたような組織づくりの考え方はASEANでもスタンダードになっていくのではないかと思っています。
加藤:我々は研修を通じ、日本人管理職が求めるものを現地スタッフに浸透させるだけでなく、現地スタッフの声を日本人管理職にフィードバックすることも行います。我々が入ることで双方の認識のずれを補正するイメージです。今後も現地法人の皆さまの人材育成の課題やお悩みに寄り添う形でお役に立てていければと考えています。
喜多井:ASEANでは近年、製造業とITの分野で日系企業の存在感が弱まっているといったような話を耳にするようになりました。コロナ禍でさらにそれが顕著になった、とも。そうした中で、日本企業が反転攻勢に出ていくには、現地法人の人づくり、組織づくりがより重要性を増していくと思います。
そのためには、WS PARTNERS様のような活動を通じ、現地スタッフが日系企業で働きがいを感じながら管理職のキャリアを積み上げていけるようにする必要がある。彼らが日本人管理職と共にマネジメントにより深く関われるようになることで組織力が底上げされ、日系企業の復権の足掛かりにもなっていくのではないでしょうか。
WS PARTNERS様には今後も現地スタッフから次世代管理職を育成する取り組みで、日系企業やその現地法人を力強く支援していっていただきたいと期待しています。
2015年に設立、シンガポールを拠点としASEANの日系現地法人を対象に現地人材の育成・駐在員の現地適応・組織や人材を巡る問題解決を通じ、日本企業のグローバルビジネスに貢献している。ASEAN各国にパートナーを持ち、タイ・インドネシア・シンガポール・マレーシア・ベトナムなどの現地法人の研修やコンサルティングを行っている。
※本インタビューは2022年12月現在の内容です。