海外進出企業がリアルを語る①  企業価値向上へ 向き合うべき2つのリスク

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リスクは抑え込むだけでなく、事業推進のためにとるべきリスクは積極的にとる―。現地法人の運営において、攻めと守りの両面でのリスクマネジメントを提唱するのは、「BDOコンサルティング」の美谷 昇一郎氏だ。時にはリスクをとることも含め、ビジネス環境の多様なリスクを的確に管理し、企業の持続的成長と中長期的な企業価値向上につなげる。そうした理想的なリスクマネジメントを実現させるための組織づくりについて語った。

※本記事は2022年11月29日に開催したウェビナー「”GLASIAOUS(グラシアス) NEXT 2022” 「変化に強い企業」になる次代の経営戦略 ~不透明な時代を開く、「攻め」と「守り」のリスクマネジメントとは~」の講演の一部をまとめたレポートです。

リスクマネジメントの真の目的

リスクマネジメントとは、全体的に守りのイメージを思い浮かべがちですが、企業価値を向上させることが真の大きな目的であるべきと考えます。マイナスのリスクを抑え込むだけでなく、事業を進めるためのリスクは積極的に取る。それを管理することで、戦略を前に進める。こうしたことが守りだけではなく、攻めのリスクマネジメントにつながると考えます。
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では、ビジネス環境におけるリスクとはそもそも何か。リスクマネジメントに関する国際標準規格「ISO31000」では「目的に対する不確実性の影響」とあります。

端的に言えば、期待されているシナリオから外れることをリスクと指しており、プラスのチャンスもリスクの一つになるという考え方です。多様なリスクの種類やレベルを認識していくことが、リスクマネジメントを組み立てていく出発点となっていきます。
具体的な話では、現地法人の経営において考えられるリスクには何があるでしょうか。投資前の段階ならば、パートナーとの契約リスクが大きい。担当者の言語力の問題、現地事情が分かる人材の有無、現地の法令変更のリスクもあるでしょう。
投資後もリスクが山積です。ナショナルスタッフを雇用する労務リスクをはじめ、資産保全リスクにシステムやコンプライアンス、会計上のリスクなどがあります。これらは、よく不正リスクともいわれますが、不正が起こらなくても人的なミスなどのリスクも想定しなければならない。現地法人を取り巻くリスクだけでも無数の事象を考える必要があります。

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「攻・守」のリスクと向き合う

このようにリスクには多種多様な切り口がありますが、大きく二つに分類することができると考えています。
一つは「経営としてコントロールするべきリスク」(=守りのリスク)です。経営が発生の可能性と影響度を分析し、発生を抑制する。発生してしまった場合は、その対応を考えるというリスクです。いわゆる一般的なリスクマネジメントの対象とされるリスクではないかと思います。
もう一つが「経営として積極的に受け入れていくリスク」(=攻めのリスク)です。こちらは経営の意思決定により、企業活動を進めつつ受け入れるリスクのことです。代表的なのは戦略リスク。事業戦略やマーケティングを進める上で、一定のリスク要因を受け入れながらコントロールすることで、影響の低減を目指すものです。
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つまり、損失回避などの守りのリスクマネジメントをしつつ、戦略推進に向けた攻めのリスクをどこまで取れるか、が大きな課題となる訳です。そして、この二つのリスクと向き合う上では、事業戦略の推進プロセスとリスクマネジメントを統合してモニタリングしていく、ということが重要になります。そうすることで、適切にリスクがコントロールされるだけではなく、戦略の見直しや中断といった重要な経営判断に役立てられるようになるからです。
ただ、この二つを統合して機能させるには、組織づくりが大きなカギとなってきます。

よく取り組まれている例が、リスク管理の専門部署を立ち上げるケースです。社内に専門家を置くことはよいことですが、注意すべき点もあります。「リスクに関する仕事は専門部署の役割だから」と、現場にいるメンバーの当事者意識の薄れが全社的に生じてしまうことです。

また逆に、業務ごとにリスクを細分化しているケースも注意が必要です。営業部門は営業関連のリスク、経理部門は経理関連のリスクというように視野が狭まり、俯瞰的な観点でリスクを見る機能が低下してしまう場合があるからです。そうすると、部門間で横断的に見て初めて気付くようなリスクを見抜くことが組織として困難になります。

組織でリスクを管理するために

では、最適なリスクマネジメントの実現に向けて、どのような組織づくりを進めればいいのか。三つの提案をさせていただきたい。

一つ目は、非常に基本的なことですが、継続的な社員教育です。全社員にリスクの考え方、リスクマネジメントの基本的な姿勢を研修で意識付けしていくということが、根本的に重要です。

二つ目が「事業推進する」「起案する」「決裁する」といった局面では、きちんと事業部門とリスク管理部門がコミュニケーションを密に取っていくということです。会社によっては事業部門の中にある事業管理のセクションでリスクを評価しているという会社もあろうかと思いますが、独立したリスク管理部門という位置付けにした方がよりアクセルとブレーキの機能が発揮しやすいと思います。

三つ目が、事業部経験者をリスク管理部門に配置することです。リスク管理部門は独立性を持たせますが、事業のことが全く分からないと適切なリスクマネジメントもできません。事業部経験者が機動的に動けるようにすることで、組織としてリスクをコントロールしやすくなるはずです。

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事業戦略の推進プロセスとリスクマネジメントを切り離すのではなく、一体的に取り組むことが大事だと述べてきました。加えて、不透明な時代には変化を敏感に認識するアンテナ力、そしてリスクに柔軟に対応するアジャイル組織(※)の思考が重要になります。常にそうした取り組みをブラッシュアップし続けていくことで、組織や事業の持続的成長を確かなものとし、中長期的な企業価値の向上に大きくつながっていくと考えています。

(※)アジャイル組織:環境の変化に対しタイムリーに適応するため、継続的なリスク評価をしながら、柔軟に戦略計画のブラッシュアップを実施する組織。

(文・共同通信デジタル)
※本記事は2023年3月現在の内容です。
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