海外プロジェクト成功に欠かせないこと ~本社と現地のシステム構築~【ストップ!OKY・OKIシリーズ第3弾】

海外プロジェクト成功に欠かせないこと ~本社と現地のシステム構築~【ストップ!OKY・OKIシリーズ第三弾】

第2弾では、OKY(お前、ここに来てやってみろ!)・OKI(お前の代わりはいくらでもいる!)に悩みながらもシステム構築(導入)プロジェクトが始まったことを想定し、海外プロジェクトに関わる人・組織上の問題とその解決のヒントを解説した。第3弾では、プロジェクト期間中、常につきまとう「言語」や「ツール」の問題とその解決策を述べつつ、最後に新システム本稼働後、OKY・OKIを乗り越えてプロジェクトをハッピーエンドに運ぶための「OKD」を提言したい。

第1弾<ストップ!OKY・OKI 本社と現地で揉めないシステム構築のコツ>
第2弾<海外システム導入プロジェクト推進の落とし穴・運営のポイント>

1.本当に英語で大丈夫?

海外拠点のシステム導入プロジェクトで必ず議論になるのが、ドキュメントの言語である。弊社の主要サポートエリアであるアジアを対象とすると、フィリピンとシンガポール以外、全部のドキュメントを英語で押し通すことは不可能と考えて良い。

プロジェクトで作成するドキュメントの言語に関して意見を聞くと、「英語でいい」と言われることがあるが、この場合たいてい導入プロジェクトの後半で現地語への翻訳リクエストが来る。現地側・日本側双方が「絶対に英語(でなければならない)!」と言うくらいの信念が無いとプロジェクトドキュメントを英語で通すのは厳しい。そもそも考えてみて欲しい。現地日本人・現地メンバー・日本本社サポートメンバーの英語力の現実を。そして第2言語である以上、Input/Output両方とも母語より時間がかかる。少なく見積もっても2倍はかかると見ていいだろう。

誰でも理解ができるからと言って「英語にこだわりすぎない」のが重要だ。プロジェクトを進める上での具体的なアドバイスを3つほど挙げたい。

① ドキュメントは読む人・使う人が主役
プロジェクトドキュメント、特に本稼働後でも読み返されるようなドキュメントはユーザーに読まれ、理解され、使われてこそ意味がある。読まれないドキュメントに価値はない。つまり、操作マニュアル等のエンドユーザーに近いドキュメントほど現地語で作ろう。実際、弊社では中国では中国語、タイではタイ語、インドネシアではインドネシア語の操作マニュアルを作ることが多い。

② 「正しい」日本語(現地語)で書こう
日本人が日本語でドキュメントを作成してから、現地の日本語がわかるメンバーに翻訳を依頼することもあるだろう。そんなときに重要なのが「正しい日本語」である。さらに、自動翻訳サービスを使うことも想定すると、主語・述語・目的語を意識して、なるべく単文で、「こそあど」や接続詞・副詞は使わないように。「対応する」等の、文脈で意味が変わる単語もなるべく避けるべきだ。また、自分の日本語(現地語)が正しく書けているかのテストとして、普段のメールをGoogle翻訳で、「日本語→英語→日本語」としてみると良い。乱れ具合がよくわかるだろう。
 ※最近のGoogle翻訳やDeepLはAIも駆使して精度が飛躍的に向上しているので、正しい日本語(現地語)で書くクセをつけていると自動翻訳の恩恵をより一層受けられるだろう。

③ ドキュメントは英語でも、説明・解説は聞き手の母語で
プロジェクトドキュメントの雛形が英語で作られている場合がある。既に完成されているドキュメントをわざわざ現地語に翻訳するのも手間だろう。そこで良い手がある。プロジェクトメンバー向けの説明会やユーザー向けの勉強会・トレーニング等、そのドキュメントを初めて説明・解説する際には、「相手の母語」で念入りに行うのだ。前述のとおり、理解され、使われることが重要なので、「このドキュメント使える!」と思ってもらうためにも最初の説明・解説に全力を尽くすべきである。

img1英語にこだわりすぎず、誰が使うのかを重点に置いて検討するのがいい

2.脱Excel?活Excel?極Excel!

プロジェクト中の全フェーズで必ず、そして最も頻繁に使うアプリケーションと言えばExcelだろう。特に、後半フェーズでは移行作業や並行稼動時のデータ検証等毎日大量のデータをExcelで扱うことになる。IT部門が未発達なことが多い日系企業の海外拠点では、ユーザーはなんでもかんでもExcelで作業しがちになる。みなさんの社内にも、いつ誰が作成したか定かではない、データを継ぎ足し継ぎ足し、今では大量のシートに大量の関数がびっちり詰まった数十MBのExcelファイルがファイルストレージ上にゴロゴロ転がっているのではないだろうか。

昨今、データを集める・加工する・見せる(共有する)のに「脱Excel」という言葉がよく聞かれる。主な理由は、複数人で同一ファイルを扱いづらい、逆に、各部門から集めたバラバラのファイルを統合するのが手間、複雑な関数・マクロが組み込まれていてメンテナンス性が低い(変更できない)等ある。さらに「海外拠点のシステム導入あるある」としてもうひとつ知っておいていただきたいのは、マクロ(VBA)のコード内に日本語があると正しく動作しない、ということだ。ちなみに理由は、Excel本体はUTFに対応しているが、VBAはShift JISのままで日本語対応できないためである。

これらを解決するために、「脱Excel」し、データベースソフトを使用する、ということも当然考えられるが、その前に一度試して欲しいものがある。それが、XLOOKUPやFILTERを代表とするExcelの新関数とPower Query/Power Pivotである。
1つ目に紹介したいのはExcel新関数だ。Excelは定期的に新関数をリリースしているが、この数年にリリースされた関数には驚かされた。特に、「スピル」の使えるXLOOKUP、FILTER、SORT、UNIQUE等の関数は、従来マクロでしかできなかったレベルの作業がいとも簡単に直感的にでき、作業効率だけでなく、データの精度向上にも役に立つ。感動のあまり、お客様や筆者の周囲にExcelをレクチャーしてしまうレベルである。

関数の説明自体と活用方法は多くの本やWebサイト、さらにYouTubeも充実しているのでそちらに譲る。毎日Excelを使っていながらも、スピルや名前の挙がった新関数を知らなかったという方は本コラムを読み終わって一息ついた後に調べてもらいたい。Excelを頻繁に使っている人ほどすぐに有用性がわかるだろう。同じ感動を味わってもらいたい。

次に紹介したいのはPower Query/Power Pivotである。昨今「モダンExcel」という名前で一般的になりつつあるが、実はExcel2010でリリースされており、既に10年以上使われている十分「枯れた」機能である。前述した「バラバラのファイルを統合するのが手間」に有効なのがPower Query、「データを見せる(共有する)」に有効なのがPower Pivotだ。こちらも機能の説明や活用方法については、他メディアにもたくさん記事が存在するのでそちらを参考にしていただきたい。Power Query/Power Pivotを活用して、データを集める・加工する・見せるために必要な機械的な処理だけに忙殺される日々から脱却しよう。

ちなみに、昔のいわゆる「Excel職人」ほど新関数や新機能を知らない傾向がある。既存の関数の組合せや、Webで探したブログのコードを見様見真似で作った個人マクロで乗り切れるから必要性を感じないのだろう。しかし、ここで挙げた新関数やPower Query/Power Pivotは「できる・できない」ではなく、その先のゴールである「早く、正確に、柔軟に」を実現するための重要なツールとなる。

また、この手の技術はWebでも断片的に情報を得られるが、体系だって学ぶにはやはり紙の書籍が最も適している。この点、日本にいる日本人は非常に恵まれている。近くの書店やAmazonですぐに入手できるからだ。その恩恵にあずかって、本社メンバーは海外拠点サポートの一環として上記のような新技術を積極的に活用してプロジェクトに貢献することで、現地日本人や現地メンバーから尊敬を集めて欲しい。

 

img2Excel機能をフル活用して「早く、正確に、柔軟に」

 

3.稼働後も忘れないでほしい、現場のこと

実は第2弾では主にERPシステムの導入を念頭に置いて執筆していたが、他システムであっても課題・悩みは共通と考えている。最後のポイントとして、導入プロジェクトの着地方法について話したい。

無事にシステムの本稼働を迎えて、日々の運用が安定し、例えばERPであれば月次処理も現地メンバーのみで回せるようになると、プロジェクトの総括・全体報告を経てプロジェクトは解散となる。日本本社メンバーは次のプロジェクトに参画し、現地メンバーは通常業務に戻ることになる。

そうすると、どうしても新システムへの関心は薄れがちになる。システム運用が変更が全く無いまま安定的に続くということはまずありえなく、実際には、現場・顧客・仕入先の要請による業務変更に伴う課題・問題は必ず発生する。しかしプロジェクトは解散されており、定期的なエスカレーションの場が無いため、ユーザーやシステム担当者は良かれと思って自分たちの「工夫」で切り抜ける。

例えば、特定の顧客から新しい管理番号を納品書に印刷するよう依頼があったため、標準機能としては別用途として用意されている未使用の入力フィールドを使用している等、みなさんも身に覚えがあるのではないだろうか。そういった現場の「工夫」はアンリトゥンルール(不文律)・暗黙知となり、業務フローや操作マニュアルに反映されることはない。
そして、時間が経てば経つほど「工夫」が増えていき、現場の実運用と導入時の想定運用の乖離が大きくなる。乖離が大きくなればなるほど、新たな課題が発生した時の解決難易度は高まり、解決までの時間も余計にかかってしまう。「工夫」を維持しつつ、新たな課題の解決方法を見つけなければならないからだ。そこでエスカレーションされても、日本本社メンバーだけでなく現地日本人も知らないため、そもそも真の現状把握に時間がかかってしまう。

ここで、今までがんばって「工夫」してきた担当者を責めるのも気の毒だ。ではどうすればよいか? 弊社から提案しているのは、製造業ではおなじみの「改善提案制度」を新システムに応用することである。簡単なところからで構わない。例えば、ブックマークや画面初期設定を公開したり、実績データ一括取込用のExcelテンプレートを公開したりなど、できることは多い。同時に、改善・変更要求(Change Request)も受け付けられるように準備しておく。

プロジェクト中は想定していなかったところや気づかないところでユーザーは苦労していることが多い。もちろん最初から改善提案がユーザーから挙がってくることは稀だ。そういった時こそ、現地日本人や日本本社メンバーの出番である。現地日本人は、ぜひ現場を積極的にまわってユーザーの使用状況を確認して欲しい。システム以外にも例えば導入時とは違う座席レイアウトのために業務プロセスに変更があったり現場の変化に気づきがあるはずだ。

また、日本本社メンバーも遠隔で活躍できることがある。それがユーザーやデータの「クセ」を掴むことだ。2000年代の内部統制(J-SOX)対応のおかげで、おそらくほとんどすべてのERPシステムはデータ履歴・ユーザーごとの操作履歴を取得できるようになっている。この機能を、本来の内部統制のための「守り」の機能としてではなく、データ分析のための「攻め」の機能として活用するのだ。

例えば、ユーザーごとデータごとの登録・修正・取消回数を取得し、登録件数が多いユーザーにはそのテクニックを、修正・取消件数が多いユーザーにはその理由をヒアリングしてもらうよう現地担当者に依頼する等、現地ではできないサポートが可能である。こういった「クセ」からパターンを発見するために機械学習を使ったり、繰り返し作業にはRPAを活用したり、この分野(ERP+AI)は活用の可能性が拡がっており、個人的には最も注目している。

4.まとめ

稼働後のシステム改善PDCAを見据えて、導入プロジェクトを着地点に運ぶためのコツを書いた。本編のテーマである「OKY・OKIを防いで海外拠点のシステム導入を成功裡に収める」の締めくくりとして、お伝えしたいのは、海外拠点のシステム導入は誰にでもその機会があるものではない、希少性の高いものなので、自分のキャリア・経験として有効活用すべき、ということだ。

ここで登場している現地日本人と日本本社メンバーは、10~20年に一度のERP入替時、もしくは海外拠点立ち上げにおけるERP新規導入時にちょうど一緒の仕事をすることになった仲間同志なのである。社内を見回しても、同じ経験を持った社員は一握りしかおらず、それも大成功したとなれば非常に稀有で貴重な存在になれるだろう。実際に現地でERP導入に関わった駐在員が昇進して帰任する話をよく聞くのは、上記仮説の確からしさの証拠ではないだろうか。

OKY(お前、ここに来てやってみろ!)、OKI(お前の代わりはいくらでもいる!)と対立するのではなく、ぜひOKD(お前とここで大成功!)を目指してプロジェクトを推進して欲しい。私自身もタイ・インドネシアを中心に顧客のOKD実現に向けてこれからも現地で精進する次第である。

内田 雅也

内田 雅也(うちだ まさや)
2002年、B-EN-G入社、mcframe事業本部(現プロダクト事業本部)配属。mcframeプリセールス・導入コンサルティング・商品開発を担当。タイ、中国、インドネシア、シンガポールでのmcframe導入を多数経験している。mcframeの海外ビジネス担当としてインドネシアに5年、そして現在タイに駐在して3年になる。趣味はランニング、トレイルラン、トライアスロン、読書。
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第2弾では、システム導入プロジェクトが決定したことを想定して、その後のプロジェクト運営における落とし穴とその回避ポイントを解説する。現地で経営・運営を行っている日本人駐在員と、本社で海外拠点を管理・サポートする立場の方をイメージしながら筆を進めてみた。OKY・OKI脱却のヒントになれば幸いである。

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