現地マネジメント ノウハウ
AI時代に問われるグローバル経営の「成熟度」〜日系海外進出企業のIT活用動向調査で見えてきた日本企業のリアルな課題とは〜

グローバルのビジネス環境が激動する中、日本企業は海外拠点の経営をどうアップデートすべきか。合同会社デロイト トーマツとビジネスエンジニアリング(B-EN-G)が共同で実施した「海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査(2026年版)」では、管理職の現地化といった「量」のローカライズは進む一方で、自律的な意思決定や新機能の創出といった「質」の向上に苦戦する実態が明らかになった。B-EN-Gはこの調査結果を基に座談会を企画。グローバル組織の最前線を知る2名の有識者とビジネスエンジニアリング 執行役員 グローバルビジネス推進本部長の渡邉祐一が、海外進出企業の現状やAI時代を見据えたグローバルな経営基盤のあり方についてディスカッションした。モデレーターは調査を担当したデロイト トーマツの小林明子氏が務めた。

「海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査(2026年版)」概要
● 海外事業の役割変化とローカライズの「質」の課題
今回の調査のテーマとしたのは、日本企業の海外拠点の「成熟度(現地独自の経営判断ができるか、製品開発や人事企画など必要な機能を具備しているか、など)」。海外事業の位置づけは、従来の低価格生産や技術移転目的から、ローカライズを通じた需要獲得と国際競争力向上へと変わったが、“量”のローカライズ(現地人材の管理職登用・権限移譲)は進む一方、“質”(自律的意思決定と価値創出)の面では途上であるという課題が浮き彫りになった。
● 調査結果の要点
★ 事業環境の変化の認識は、為替の変動・人件費の上昇に加え「海外での競合環境の変化」が伸長、
生成AI等のテクノロジーの変化も実感している。
★ 10~20年前に進出した海外経験が長い企業は多いものの、年数に応じて成熟度は高まっているわけではない。
★ IT・DXの最大の課題は「人材不足」であり回答企業の6割が挙げている。
またAIなどの先端技術の活用も不十分であり、経営データ連携にはいまだExcelが使われている実態がある。
【話者紹介】
TM HR Advisory & Coaching合同会社 代表
南 知宏 氏
大手鉄道会社、米国でのキャリアコーチ、日系化学メーカー、外資系医薬品メーカー、外資系コンサルティングファーム、外資系IT企業を経て現職。2024年12月より早稲田大学グローバル・ストラテジック・リーダーシップ研究所の招へい研究員を兼ねる。日本と東南アジア各国での人事制度設計や人事機能強化、人材の現地化に向けた組織・後継者計画設計などで豊富な経験を持つ。主なプロジェクトテーマは人材マネジメント制度構築支援、組織・後継者計画設計・運用、人事業務の高度化・効率化支援、労働組合管理向上施策設計など。NNAへの「コロナ後の組織人事」の連載他、人事・ビジネス専門誌への寄稿多数。2024年8月、「グローバル企業のための新日本型人材マネジメントのすすめ」上梓。2007年 Florida International University 人事管理学 修士。生涯学習財団 プロフェッショナル・コーチ、Global Professional in Human Resources (GPHR) by HRCIの資格も取得。
Nexus Frontier Tech Ltd 共同創業者兼最高技術責任者(CTO)
水野 貴明 氏
東京大学大学院を卒業後、はてな、百度(バイドゥ)、DeNAなどでソフトウエア開発および開発チームマネジメントに従事。百度では初の日本人開発者として入社し、上海開発センターを代表して百度人(年間賞)を受賞。DeNAではベトナム、シンガポールの開発拠点立ち上げに貢献。AIモデル開発を含むソフトウエアの設計、開発、多国籍開発チームの構築、運営など、炎上案件の鎮火を得意分野とする。2014年からシンガポールに拠点を移し、日本、東南アジアにて企業の新規事業のサポート、スタートアップの初期の開発支援や開発に関する問題解決、海外開発チームの構築などを行っている。また、Nexus Frontier Tech Co-Founder兼CTOとして、AIに限らず大小規模問わず開発支援サービスを国内外で提供中。20冊以上の技術系書籍の執筆、翻訳も。
ビジネスエンジニアリング株式会社 執行役員
グローバルビジネス推進本部長
渡邉 祐一
2000年、B-EN-Gに入社。主に製造業向けのERP関連業務に従事。2011年よりタイ拠点に赴任しmcframeビジネスの組織を立ち上げ。プロジェクトマネージャーとしてタイ国内で複数のシステム構築を経験した。その後、タイ現地法人社長としてタイ拠点全体をマネジメント。2023年に日本に帰任しグローバルビジネス推進本部長に就任。
【モデレーター】
合同会社デロイト トーマツ デロイト トーマツ戦略研究所 主任研究員
小林 明子 氏
長年、IT専門のアナリストとして調査、コンサルテーション等に従事。ERPを初めとするエンタープライズアプリケーション、DX、海外IT動向、最新テクノロジーに深い知見を持つ。矢野経済研究所主席研究員を経て現職。前職時代から継続的に「海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査」の調査設計とレポート執筆を担当。
激変する競合環境と「日本ブランド」の現在地
小林:隔年で実施している「海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査」ですが、今回の2026年版では2年前の2024年版と比べて大きな変化が見られた項目がいくつかありました。その一つが「海外事業に影響がある国際情勢の変化」です。為替の変動や人件費高騰を挙げる回答は前回と同様に多かったのですが、「海外での競合環境の変化」を挙げる企業が急増したのは注目すべき点です。長年、グローバルビジネスの最前線をご覧になってきた皆さんは、日本企業の競合環境やプレゼンスの変化をどう捉えておられますか。
渡邉:日本企業のプレゼンスが圧倒的に落ちてきているというのは、ここ10~20年、海外にいる日本人の多くが肌で感じていることです。バンコク市内で走っている車を見ても、かつては日本車ばかりでしたが、これまで中国製品に対して慎重だった一般の購買層も安心して中国のEV車を買うようになっています。
私がタイに赴任した2011年頃は、ローカルの優秀な人材にとって日系企業は魅力的な就職先でした。「外資系に行くなら日本の企業」というブランド力があったのです。しかし残念ながら、もはやそうした状況ではなくなってしまいました。
海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査(2026年版)より
南:日系企業は「給料が安い」というイメージがすっかり定着してしまいましたね。韓国企業や中国企業は「アップ・オア・アウト(昇進か退職か)」の文化が明確で、戦ってお金を稼ごうという人はそちらを選ぶようになっています。以前は日系企業の給与水準がそれなりに高く、ネームバリューもあり、タイ特有の「サバイサバイ(気楽に)」という気質にもマッチしていることから人気がありました。しかし給与水準の相対的な低下に加えて「家族的な社風」も日系企業から失われつつあります。マーケットでのプレゼンスが落ちたことで帰属意識も持ちづらくなっている。これらが複合的に作用していると考えられます。
ただ、実力が落ちたというよりも、「昔から実力は高くなかった」可能性があります。現地の日本人コミュニティ村だけで商売が成り立っていたため、実態以上にプレゼンスが大きく見えていたケースもありそうです。
渡邉:おっしゃるとおりですね。日本の製造業の多くは、これまで海外進出する日系顧客を支える形で成長してきました。本来、グローバル拠点に期待するのは「現地市場の開拓」ですが、それよりも日系企業同士の信頼関係をベースに発展をしてきたという側面が大きいのかもしれません。
一方で、ローカル企業の経営層は欧米で学んだ2代目・3代目に世代交代し、欧米流のビジネス文化や経営手法を積極的に取り入れながら急成長しています。そうしたローカル企業と渡り合うための人材が日系企業には圧倒的に不足しているため、ローカル企業との競争で優位性を維持することが以前にも増して難しくなっていると思います。
「量」は進んだが「質」が伴わないローカライズの壁
小林:今回の調査では、管理職の現地人材比率が5割以上という企業が半数近くあり、意思決定権も現地に移行しつつあるなど、「量」の面でのローカライズは想定以上に進んでいました。しかし、人事企画や製品開発などの重要な機能を任せられておらず、「質」の面での成熟度は低いままです。現地法人設立から間もない企業だけでなく、20年以上経っている企業であってもこの傾向は同様であり、海外進出後の年数と成熟度にあまり相関関係がない点は特筆すべき点ではないでしょうか。このギャップが生じている背景や要因についてはどうお考えですか。
海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査(2026年版)より
南:業績が右肩上がりだった時代は、質の問題が見えなかったのだと思います。日系企業間の取引だけではトップラインが伸びなくなり、いざ現地法人で自律的な価値創出を行い、利益を改善しようとした時に、ローカライズの質が十分ではなかったことに気づいて慌てている状況です。
質の高いローカライズには、日本の本社が経営の方向性を明確にすることが不可欠です。しかし、本社側もその点に曖昧なことが多いのが実情です。「ローカル人材が育っていない」と愚痴をこぼす現地法人社長もいますが、会社全体としてどこに向かうのかが決まっていなければ、各地域の組織や人材が育つはずはありません。
小林:水野さんはグローバルな組織の立ち上げ経験が豊富ですが、「ローカル人材が育っていない」のは本社や本社から派遣された現地法人トップの責任であるという南さんの指摘についてはどうお考えですか。
水野:海外でチームを作る際は、「どういう目的で何をして、どんな成果を出せば評価されるのか」が明確でないとうまくいきません。日本人同士であれば、マネージャーが明確な方向性を示さなくても部下が空気を読み、自分で考えて動く「部下有能モデル」で組織が回ってしまいます。しかし、中国や東南アジアの優れたチームは、トップが明確な方向性とインセンティブを示す「トップ有能モデル」です。日本企業が自国の感覚のまま海外にマネージャーを派遣すると、先導者がおらず、空気を読む優秀な部下もいない、両モデルのデメリットのみが融合した状況になりかねません。
南:大手外資IT企業での勤務を経験した時に彼らの強みとして実感したのは、マネージャーがしっかり機能していることでした。プレイングマネージャーではなく、マネジメントに専念させています。向き不向きを見極め、マネージャーに適正のある人材を育てる育成計画を的確に運用しています。本社ですらこうした仕組みを構築していない企業が、海外でやれるわけがありません。
渡邉:その結果として、現地スタッフにとっての「ロールモデル」が少ないという人材育成上の致命的な課題も生まれてしまっていますよね。日本では「憧れの先輩」を見て自分のキャリアを描けますが、海外ではそうしたローカルの先輩が少なく、自分がどういう方向性で成長していくべきか分からず不安を抱えている人は多い。日系企業は「人に投資する」と言いつつ、自社への忠誠心を高める教育はしても、その人の人生やキャリアプランを考えた教育ができていない傾向があるのではないでしょうか。
南:加えて、現地組織を率いる日本人のマインドセットも質の高いローカライズを阻みがちです。彼らの給与は実質的に現地の組織が負担しており、組織図上も現地法人の一員であるにもかかわらず、「自分は日本から来た駐在員だから」と、将来戻る本社だけを見て仕事をしてしまうケースを多く目にしてきました。本来は「駐在員」ではなく、現地法人への「出向者」として意識を変えさせるべきです。
渡邉:自動車を運転する時、前を見ている時間が8割以上で、それ以外の時間でバックミラーやメーターを見ていると言われます。それと同じで、現地に赴任したからには、「現地のことを8割、本社のことを2割」くらいで考えるバランスがちょうどいいのです。本社の方ばかり向いているマネージャーに、現地の社員がついてくるはずがありません。
海外市場におけるAI活用のリアルと日本企業の「リスク回避」体質
小林:IT活用やDXの課題として、今回の調査では「IT人材不足」(約6割)という回答に加え、「AIなど先端技術の利活用が不十分」(約4割)が上位に入りました。海外拠点のほうがAIに対する危機感が強いようですが、AI活用の実態についてはどうご覧になっていますか。
海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査(2026年版)より
水野:AI活用が日本と比べて進んでいるかどうかは分野によりますが、例えば東南アジアにおけるソフトウエアのオフショア開発などは大幅に先行してAIに置き換わっています。これまでは「言われたことを期限内にやってくれる」のがオフショア拠点の価値でしたが、今はAIが非常に短時間でコードを書いてくれますし、コストも10分の1に抑えられます。単純作業だけでなく、リサーチや法務など知識ベースの業務を含めて、AIの活用範囲はどんどん広がってきています。
小林:日本企業はAI活用を喫緊の課題として捉えているにもかかわらず、取り組みのスピードが遅いように見えます。
水野:日本人はExcelなどを使った緻密な作業が好きで、残業してでも人力でやってしまうため、機械に置き換えるモチベーションが低い面はあるかもしれません。また、精度を追求し、ルールを守りたがる一方でリスクテイクを嫌う傾向があります。
海外には、金銭的なメリットが大きければリスクを取って新しい技術を積極的に導入するといった、迅速な意思決定を文化とする企業が多い国もあります。良し悪しは別にして、グローバル基準では、「人」が経営の一番のリスクであると捉えて病気や離職のリスクがないAIに置き換えたいというのが経営層の本音でしょう。
渡邉:水野さんがおっしゃるとおり、日系企業はリスクを極力ゼロに近づけてからスタートしようとするのがスピード感の欠如につながっていると感じます。加えて、バズワードに踊らされて「とりあえずAIを導入する」という状態になってしまっている側面があり、AIを使って何をしたいのかという明確なビジョンを持っている経営者が少ないのが問題ではないでしょうか。
南:同感です。今回の調査結果では海外拠点のIT活用における日本企業の課題意識が可視化されていますが、そもそもIT活用を強化する目的が曖昧な企業が多すぎます。どのような世界観を作りたいのかという経営の方向性を示さず、単なる業務効率化の話に矮小化してしまっては、真の投資対効果が見えなくなってしまいます。
属人化からの脱却と「ERP×言語化」の重要性
小林:海外拠点のシステム化という点では、依然としてExcelでの経営データ管理が半数近くを占め、こうした業務の属人化が長年の課題として残っています。AI時代にむけて、この課題をどう乗り越えるべきでしょうか。
海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査(2026年版)より
渡邉:AIが真価を発揮するためには、単に大量のデータがあればよいわけではなく、正しく管理された高品質なデータが必要です。特に、日々の企業活動を数値化し、財務・販売・購買・生産などを蓄積したERPのデータは、「経営のデジタルツイン」基盤となります。これを活用して経営シミュレーションを行いながら、より迅速かつ精度の高い意思決定や企業変革を実現する世界が広がっていくでしょう。ERPはカスタマイズして作るのではなく、標準に合わせて「利用する」フェーズに入っています。グローバル化は、属人化したExcel管理から脱却し、経営判断の基盤となるデータを一元管理できるシステムをしっかりと構築・運用・管理できる人材を置くことから始めるべきだと思います。
水野: AI時代の業務のあり方として最も重要なのは「言語化」と「文書化」です。これまでは、暗黙知をベースに「背中を見て学べ」という文化が支配的な日本企業が少なくありませんでした。しかし、自分の業務手順をドキュメント化しなければAIに最適な指示を出すことはできません。AIは膨大なドキュメントも一瞬で読んでくれるので、常に文書をアップデートし、「シングルソース・オブ・トゥルース」(信頼できる唯一の情報源)を構築していくことが不可欠です。
グローバルで日本が再び輝くための「最初の一歩」
小林:最後に、日本企業が不確実性の高いグローバル市場で再び競争力を高めるために、日本本社の海外事業責任者や担当者、現地法人の日本人トップ、マネージャーなどが明日から取り組める具体的なアクションを教えてください。
水野:繰り返しになりますが、「言語化」です。モヤモヤしていることをまずは可視化、文書化して伝えてみることです。究極的には社内の仕事が全部ドキュメント化されている状況が理想だと思います。そして、現地のチームメンバーに正しく伝わっているか分からないという前提に立ち、丁寧に言葉にして伝える努力を続けることが大事です。これは人材の定着率にも関わる課題で、私自身、常に気を配っています。
南:まずは現地の人材と直接話をしましょう。その時に大事なのは、相手の話を「聞く」ことです。日本の都合や自分の意見は一旦置いておき、話を聞いて相手を理解するところからスタートするのが第一歩です。
渡邉:私が言いたかったことはお二方に取られてしまいましたが(笑)、最後にあえて申し上げれば、言語化する、現地人材と話をする前の準備として、自己分析からスタートするのがいいと思います。自分がどういうモチベーションで何をやりたいのかを明確にしないと、海外のメンバーに影響を与えることはできません。自分がどこに向かいたいのか、クリアなビジョンを持つことが、信頼関係を築くための基盤になるのではないでしょうか。
小林:本日は示唆に富むお話をいただき、ありがとうございました。日本企業が再びグローバルで輝くための重要なヒントが見えてきました。
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海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査 (2024年版)
