【海を渡る日本流IoT教育】③タイランド4.0の実現 どう支援する?

日タイ連携のIoTを活用した人材育成プロジェクトLIPE(Lean IoT Plant management and Execution:リペ)の取り組みを紹介するシリーズの3回目。今回は2回目に続き、プロジェクトに参画する4人による座談会の模様をお届けする。タイ政府が2016年に発表した「タイランド4.0」によって、タイの中小企業の間にある「誤解」が広がってしまい、工場のIoT化が足踏みしているという。もつれた糸をLIPEがどう解きほぐすのか。
※座談会は2021年7月に行われました。
(前回の記事は「自動化への第一歩 LIPEで後押し」)

カイゼン活動 手を動かして体感

AOTS 和田有平氏
AOTS 和田有平氏

司会:タイの中小製造業のエンジニアらを対象に、シンプルで安価なIoTの活用法を指導するLIPEプロジェクトですが、ここからはLIPEの研修の特徴やタイ人向けに工夫したところなどを教えていただけますでしょうか。

和田有平氏(以下、和田):LIPEは、IoTを効果的に活用することでロスを減らして効率を上げることを目指します。実際にIoTを活用して、ロスとその原因を把握するというのが研修の非常に重要なポイントになっています。

例えば、ある工場で1時間に100個生産できる設備の能力があるのに70個しか生産できなかったという時、予定より30個生産量が少なかった理由をタイの中小製造業はあまり把握できていません。だから具体的なカイゼンのポイントも見つけられないわけです。

しかし、簡単なIoTセンサーと少しの工夫や分析によって、生産設備のデータが可視化でき、何をどう直せば良いかが分かるようになります。

この時に着目するのが生産性の指標であるOEE(Overall Equipment Effectiveness:設備総合効率)ですが、タイの中小製造業ではこれが50~60%前後と言われています。

これはつまり、1時間に100個の商品を作れる機械なのに50~60個しか作れないことを意味しています。それぐらいの稼働しかしていないということですね。

一方、日本の優秀な工場の場合、80~85%のOEEと言われています。裏を返せば、タイの中小製造業は既存の機械を使いこなすだけでも3~4割以上の生産性を向上させられるのです。

それともう一点、リーンIoTに必要なセンサーは1個数千円~1万円程度という本当に安価なものです。そして、この誰でも導入できる価格のセンサーを1個か2個使うだけでもさまざまなカイゼンができるようになる、小さな投資で始められるのが大きなポイントです。

デンソー・インターナショナル・アジア 横瀨健心氏
デンソー・インターナショナル・アジア 横瀨健心氏

横瀨健心氏(以下、横瀨):LIPEのもう一つ重要なポイントとして、現場のKPI、つまり指標の管理から現場のカイゼン活動まで全てをつないでいることが挙げられます。

KPIと言っているのが、先ほどお話にあったOEEという指標のことです。ロスを把握するためにOEEを算出し、具体的なカイゼン活動のアイデアを生徒に出してもらいます。実際にカイゼンすることでメリットを体感してもらい、自社でも生かしてもらおうというのがLIPEのカリキュラムの一番のこだわりですね。

よくあるカリキュラムは教科書的なやり方や、単なるツールの使い方に終始していることがほとんどです。こういったものは世の中にたくさんありますが、LIPEのように本当に現場でカイゼン活動をやるための基本的な考え方からKPIの管理の仕方、具体的に手を動かしてカイゼンを体感していくのを一貫してやれるという取り組みは珍しいのではないでしょうか。

渡邉祐一氏(以下、渡邉):先ほどから皆さんのお話にもありましたが、LIPEでは単純なツールの使い方やビジュアライゼーションではなく、目的ベースからスタートします。IoTと言えば、すぐにデータを収集することに頭がいきがちなのですが、そうではなく、データを収集する前になぜデータが必要なのか、どういったデータが必要なのか、ということを理解したうえでスタートするのがポイントになっています。

LIPEのプロセスを示した「LIPEサイクル」という円状の図があるのですが、「DEFINE(定義)⇒MEASURE(測定)⇒ANALYZE(分析)⇒IMPROVE(改善)⇒CONTROL(コントロール)」といったように、スタート地点がDEFINEになっているのが特徴です。MEASUREではないのです。ここにこだわりがあります。

LIPEサイクルとリーンIoTのプロセスLIPEサイクルとリーンIoTのプロセス
出典:「LIPEグランドオープニングセレモニー資料抜粋 (2021年3月3日)

DEFINEした後にIoTを活用してデータを取り、それを使ってカイゼン活動に生かし、必要であれば追加のデータを取る。そういうサイクル活動を回していくのがLIPEのリーンIoTのイメージであり、カリキュラムとして教えていることです。

センサーの知識や、データをクラウドに上げていくためのデータトランスファーの知識など、技術的な講義ももちろんあるのですが、それだけでは十分ではなくて、それを使いこなすために工場管理として知っておくべき知識も同時に学べます。

それがTPM(Total Productive Maintenance:全員参加の生産保全)やOEE、SPC(Statistical Process Control:統計的工程管理)などのことです。これらを併せて教育することによって、IoTのプロジェクトがカイゼン活動につながっていくのです。

また、単純にレクチャーだけでは実感が湧かないので、実機を使ってデータを見ながら体感する機会を意図的に盛り込んでいます。さらに、チームを作って意見を出し合いながら課題に取り組み、チームで発表して研修参加者全員で検討内容や解決策、その経緯等を共有することでモチベーションを上げながらトレーニングできるようにしています。

実機を使ったトレーニングの様子。熱心にメモを取る生徒実機を使ったトレーニングの様子。熱心にメモを取る生徒

タイランド4.0 イメージ戦略の顛末

スミポン トーンポン・ウンラパトーン氏
スミポン トーンポン・ウンラパトーン氏

司会:単なるツールの使い方に留まらず、そのために必要な基礎から学べるというのは、かなりしっかりした研修という印象を受けました。こういった取り組みは日本だけでなく、欧米のITベンダーも行っているのでしょうか。トーンポンさん、いかがでしょうか。

トーンポン・ウンラパトーン氏(以下、トーンポン):少し話がそれるかもしれませんが、2016年にタイ政府が打ち出したタイランド4.0は、欧米流のコンセプトと言ってもよいでしょう。しかし、私はこのことが逆に大問題を引き起こしてしまったと考えています。タイの産業構造や規模を正しく理解したものではなかったからです。

当時のタイランド4.0は、中小企業からすると規模の大きいコンセプトで、とても手が届きませんでした。ドイツをはじめ欧米の国々はIoTソリューションをすべてパッケージにして販売しますが、そんな大きなソリューションを小さな会社がどうやって導入できるのでしょうか。お金もなければ管理する人材もいません。

スマートシティーやスマートファクトリーなどと、何にでもスマートを付けてキャッチーに打ち出し、テレビが連日のように伝えました。

この過剰なイメージ戦略によって、かえって工場のIoT化が手の届かない技術だと多くの中小企業は誤解してしまったのです。

タイ国内には3万以上の工場があり、このうち2万5000以上の工場が中小企業ですが、工場をIoT化しているところは1000社もありません。

タイ・チョンブリ県の工業団地。大小さまざまな工場が集積するタイ・チョンブリ県の工業団地。大小さまざまな工場が集積する

こういった現状に対して、今回のLIPEの取り組みには二つのメリットがあると考えています。

一つは、中小企業に対して「工場のIoT化は実は身近なもので、そこまでお金も時間もかからない手が届く活動だ」と理解を促せることです。

工場のIoT化に対する既存イメージを経営層から取り除き、「まずは試してみよう」と気持ちを切り替えてもらわなければなりません。一部の生産ラインや機械だけに狙いを絞ってIoT化するだけでも、生産性をアップさせることができるということを伝えていく必要があります。

LIPEの扉は誰にとってもオープンです。モニタリングだけではありません。売上増につながります。在庫管理やオペレーションの向上、コストダウンにも寄与します。設備のロスだけでなく、人材の最適化など、ものづくりに関するあらゆることをカイゼンできるのです。

以前は目の前の仕事をこなすのに手いっぱいで、新しいことはとてもできない工場がほとんどでした。しかし新型コロナウイルスの感染拡大が続く今は、自社の強みや生産能力を正しく知る必要があります。そして、Tier1からTier4まで続くピラミッド型の産業構造から脱却していかなければなりません。

LIPEのもう一つのメリットは「信頼」です。私の夢は、タイの小さな会社がTier2、Tier3といった中間の会社を通らずに、ダイレクトにTier1や完成車メーカー、大企業から直接仕事をもらえるようにすることです。

大企業は小さな会社に直接発注した方がコストを安くできるのに、なぜ中間の会社を使うのでしょうか。品質のばらつきや納期遅れを恐れているからです。

でもIoTを正しく使えば、生産が間に合うのかどうかを可視化でき、顧客からの信頼を底上げすることができます。これによって小さな会社が新しいチャンネルを開拓し、新しい仕事を獲得できることを期待しています。

エコシステムでお互いが成長

司会:タイ側の皆さんの熱い期待を感じることができました。それではセッションの最後に、皆さまからLIPEの今後の展望や課題、意気込みについて伺いたいと思います。

和田:LIPEの取り組みについてはタイ政府からも大きな評価を得ており、8月には経済産業省とタイ政府の2機関との間で協力覚書(MOC)も結ぶ予定です。
※発言は7月時点。経産省は8月11日、タイの工業省などとLIPEの推進に向けたMOCを締結した。

ただ、タイ国内での展開においては課題もあります。LIPEの活動がまだまだタイの中小企業の人たちに知られていない部分もあると思います。より多くのタイの人々に価値を理解してもらえるよう、今後の普及の加速に力を入れていかなければなりません。

また、LIPEの適用できるフィールドは工場内の設備だけではありません。人のモーション(動き)のロスやエネルギーのロスにも範囲を広げていき、IoTをうまく使えば製造業の様々な場面で、デジタル化やカイゼンをやっていけるということを実証したいです。

タイで成功事例を作ることができれば、LIPEを日本の製造業に取り入れたり、東南アジアの他の国々や他地域の新興国に展開したりすることも見えてきます。「デジタルと言えば欧米だよね」ではなく、「日本の製造業デジタルがトップランナーだよね」と言ってもらえることを目指したいですね。

トーンポン:和田さんにお礼を言わなければなりません。タイのローカル企業だけでいろいろなことをやっていても、タイの政治の中枢につながるのは難しい。今回、和田さんをはじめ日本の皆さんが加わってくれたことで、ネットワークがつながりました。これでタイのものづくりが生き残ることができます。

今後の課題はたくさんあります。数十社に使ってもらうことは難しくありませんが、2万を超える中小企業にスケールアップしていくには、トレーニングやOJT、コンサルティングなどといったエコシステムを作っていく必要があるでしょう。

一方で、希望の持てる面もあります。タイ人は誰かが成功するとすぐに真似をしたがります。LIPEが成功事例として認知されれば一気に広がることも夢ではありません。

また、先ほどから皆さんがおっしゃっているように、LIPEとは「考え方」なのです。製造業以外にも、スマート農業やスマート小売など、いろいろな産業に応用できます。今はまだファーストステップに過ぎません。

横瀨:LIPEのカリキュラムをより多くの人に受けてもらえるよう、プロモーションに力を入れつつ実施場所も増やしていきたいと思います。そのためには、講師の方々をタイの中で育成し、現地化していくことも課題としてとらえて取り組んでいく必要があります。

また、和田さんもおっしゃいましたが、「日本のものづくりはすごいんだよ」というのをASEANの他国でもどんどん展開していき、それを見て日本も自信がついて日本の活動も活発化するといった良いサイクルを起こしていきたいですね。

渡邉:私はタイに赴任して10年が経つのですが、海外でITビジネスに成功している日本企業がどれぐらいあるかというと、あまり多くないと思っています。ただ、製造業とデジタライゼーションという掛け算の世界では、実はまだまだやれることがあって、我々としても新しい価値を提供できると考えています。その活動をLIPEのメンバーと一緒に作り上げていきたいと考えています。

我々は人の動作を「見える化」するソリューションも取り扱っているのですが、単純に「見える化」しても、誰もそのデータを使いこなせません。しかし、デンソーさんと一緒に活動した結果、データの活用方法を知ることができました。このように、ソリューションは議論する中で生まれてくるものです。今回のLIPEの取り組みを通じ、我々としてもタイの中小企業に適した使いやすいソリューションを作っていきたいと思っています。

また、トーンポンさんのお話にもあったエコシステムも非常に大事なことだと考えています。LIPEの課題でもあるのですが、LIPEの研修を受けた方々のフォローアップがまだ十分にできていません。実は研修後、LIPEの手法を自社の工場で試しているという企業が何社もあるのです。こういう方々をフォローアップしてエコシステムに参画いただき、継続的にコミュニケーションをとってお互い成長していきたいですね。

(文・共同通信デジタル 須藤祐介 / 撮影・Yoko Sakamoto)
※本インタビューは2021年7月現在の内容です。

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