コロナ禍の海外事業、ピンチをチャンスに変えるリモート活用術
長引くコロナ禍によって、海外事業のありかたは大きな変革を余儀なくされている。国をまたいだ移動が制限される中で、日本からの出張を前提としていた業務はどうすればよいのか。厳しい環境の中でも海外進出に成功する企業の特徴や、現地法人不要の進出方法、遠隔対応が難しい会計監査など、コロナ禍の海外事業のリモート活用術を紹介する。
※前半部分は2021年1月に、東京コンサルティングファーム、GoGlobal、東京海上日動火災保険/ 東京海上日動パートナーズTOKIO、ビジネスエンジニアリング(B-EN-G)の共催で行われたセミナーの内容を抜粋しています。
フィリピン・ベトナム進出 成功のポイント
株式会社東京コンサルティングファーム
ASEAN Regional Manager 大橋聖也氏
フィリピンとベトナムに進出する日系企業が近年増えている。現地の商工会に登録していない企業も含めると、それぞれ2000社超の日系企業が進出していると考えられる。
要因の一つが良好なビジネス環境だ。2020年度の世界銀行のビジネス環境ランキングで、フィリピンは前年度の124位から95位へと大きく改善。70位のベトナムはASEANの中でシンガポール、マレーシア、タイに続く順位だ。
進出目的も変化してきている。かつては製造業の拠点としての進出が大半だったが、縮小が避けられない国内市場を穴埋めする消費市場としても有望視されるようになった。海外子会社の役割が、人件費を抑えるためのコストセンターから、利益を稼ぐプロフィットセンターに変わってきている。
買い物客で賑わうマカティ(フィリピン・マニラ)のショッピングモール
そうした中、重要になってきているのが、海外子会社を任される現地トップの思考法だ。「日本のように制度が整っていないからうまくいかない」と愚痴をこぼすのではなく、「むしろビジネスを成長させる機会」と柔軟に考えていく姿勢こそが求められている。本社機能の一部を担う部門長としてではなく、子会社の経営を任された社長としての経営者思考を持っているべきだろう。
では、海外で成功する日系企業の特徴とは何だろうか。
まず、「地産地消型のローカライゼーション(現地化)」に移行できていることだ。日系向けのマーケットは、日系企業の進出ブームが落ち着くと縮小してしまう。いかに現地のマーケットに参入していくかがポイントになる。
そして、日本人駐在員が交代すると同時に経営が変わるという事態も避けたい。いわゆる属人化していない組織を作っていくためには、やはり現地のローカルマネジャーによる持続的な経営が必要だろう。その一方で、財務や人事、コンプライアンスは、日本の本社で中央集権的に管理しておきたい。日本人駐在員や本社による内部統制は今後ますます重要になっていくだろう。
リモートで海外進出できるGEOとは
GoGlobal株式会社
ディレクター 渡辺さち氏
新型コロナウイルスの影響で経済の先行きに不透明感がある中、日本企業が収束まで海外進出を控える傾向が強いのに対し、欧米企業は積極的に進出している事例が多い。
なぜ欧米企業は積極進出できたのだろうか。
理由の一つとして、欧米で2000年代から普及してきたGlobal Employment Outsourcing(GEO = 雇用代行)の活用が挙げられる。クライアント企業が雇用したい人材を、現地法人がないクライアント企業に代わってGEO会社が雇用するという仕組みだ。
最大の特徴は、海外進出にあたって現地法人の設立が不要な点にある。法人設立に伴う初期的な投資負担もなく、サブスクリプション型で必要な期間だけサービスを活用することができるため、撤退も容易だ。
社員の法的な雇用主はGEO会社だが、クライアント企業の業務に専属で従事することができる。このため、給料や人事査定などもクライアント側で決めることが可能だ。
最短1週間で事業を開始できるのもメリットだ。法人設立の場合は最低でも半年以上かかることが多いが、GEOの場合は雇用したい人材がいれば、雇用契約を締結するだけでよい。決算や税務申告といった管理業務も一切不要なため、本業に集中することができる。
欧米では海外進出の手法としてGEOを活用する企業が多い(写真はイメージ)
よくある活用事例の一つがトライアル進出だ。マーケティングや事業開発の人員を置き、1~2年かけて現地の需要を見極めてから法人設立を判断することができる。「スモールオペレーション」という活用方法もある。現地に少人数のチームがいれば十分で、将来的にも現地法人設立を想定していない場合に有効だ。
新規だけでなく既存事業での活用事例もある。ある企業は従来、出張で現地事業を運営してきたが、新型コロナの影響で渡航が制限される中、現地の人材を数名雇い、事業を無事に再開できた。図らずも、GEOでローカライゼーションに成功した形と言えるだろう。
コロナ危機 GLASIAOUSが解決
企業の海外展開を支援するB-EN-Gのクラウド型国際会計アウトソーシングサービス「GLASIAOUS(グラシアス) 」。コロナ禍によって生じた顧客企業の課題に対し、どんな解決策を示せたのか。GLASIAOUSの運営に設立当初から携わるB-EN-Gの春山雄一郎が、感染拡大が始まってからの約1年間を振り返った。
※本インタビューは2021年2月に行われました。
GLASIAOUSの運営全般を担う春山雄一郎
――GLASIAOUSとは一体どんなサービスなのか教えてください。
「海外現地法人を管理するためのパッケージとサービスが一体となったプラットフォームです。会計領域から受発注・在庫管理までをカバーしたクラウド型の国際会計&ERP サービスで、7か国語に対応しています。さらに、国境をまたいで活躍している国際会計・税務の専門家集団『GLASIAOUSコンソーシアム』(以下コンソーシアム)の会員企業が、システムだけでは解決できない問題をサポートします。この二つのサービスが大きな柱になっています」
――どういったきっかけでスタートしたのでしょうか。
「ERPパッケージを販売する中で、システムだけで解決できない問題が多いと感じていました。顧客企業から国によって異なる会計・税務上のルールについて問い合わせがあっても、システムの会社であるB-EN-Gがすべてにお答えするのは正直なところ難しかったのです。そんな中、『ITの専門家であるB-EN-Gと会計・税務の専門家がコラボレーションしたサービスを提供できたら面白いのでは』というお話を会計士・税理士の方々からいただき、2016年にGLASIAOUSがスタートしたというわけです」
各国の支援策 タイムリーに情報提供
――コロナ禍によるビジネス環境の変化にもGLASIAOUSは有効性を示したとのことですが、海外でビジネスを展開する企業の課題をどのように解決したのでしょうか。
「まず昨年の春から夏にかけて、ロックダウンで社員の出社が制限される顧客企業が世界中で相次ぎました。しかし、GLASIAOUSを導入していたため、リモートワークによって記帳業務が止まることなく、財務報告を継続できたという声を聞きました。また、経理のリモートワークは難しいと聞きますが、コンソーシアム会員は果敢に挑戦していました。少人数の担当者が事務所に出社し、証憑などの書類をスキャンしてデータ化するなど柔軟な対応を行うことができました」
タイ・バンコク郊外にあるスワンナプーム国際空港。通常なら出張者や観光客で大混雑するが、新型コロナ流行後は閑散としている(2020年8月撮影)
「きめ細かな情報提供も顧客に貢献できた部分です。日本では、打撃を受けた事業者に対し、政府が持続化給付金などの支援策を打ち出しましたが、同じような措置は各国でもありました。しかし、そういった情報を国内と同じレベルですぐに把握するのは、企業によってはなかなか難しい。そこで、現地のコンソーシアム会員がタイムリーに情報発信し、支援金の申請が通るようサポートまで行いました。資金繰りに苦しむ顧客に、融資を得るための説明資料の作成を手助けする会員もいました」
「2020年末からは、日本本社の内部監査部門からの問い合わせも増えました。内部監査部門の担当者は年に数回、持ち回りで各海外拠点の監査を実施するのですが、コロナ禍で移動が制限されていて実施ができない状況でした。当然、日本本社の管理が不十分になると、現地社員による不正リスクが高まってしまいます。そこで、現地のコンソーシアム会員が顧客の内部監査担当者に代わり、監査を代行することで、リスクを抑えました」
アフターコロナの海外事業 どうなる?
――ワクチンの接種が各国で始まり、経済の正常化への期待が高まっています。アフターコロナのビジネス環境においてGLASIAOUSはどのような役割を果たせますか。
「収束しても、パンデミックが再び起きないという保証はどこにもありません。再発しても問題が起きない体制づくりが欠かせません。リモートワークの重要性はさらに高まり、どこでも仕事ができる環境作りや、それを前提とした内部統制のオペレーションフロー作りが今後ますます進んで行くと思われます。その方策の一つとして経営の現地化が挙げられます。従来、多くの日系企業では、現地法人の社長は日本から出向してきた駐在員が大半でしたが、これからは現地人材を起用していく必要が増えるでしょう。そのうえで、日本の本社がしっかりと統制できるようリモートで情報確認できる環境を整備していかなければなりません」
「一方で、経営の現地化がすぐに進まない企業もあるでしょう。管理面の業務は現地に任せっきりにするのではなく、GLASIAOUS が提供しているBPO(Business Process Outsourcing)サービスを利用して外部に委託し、ゆくゆくは業務面において現地の人材に段階的に権限移譲していっても良いと思います。日本の本社から営業面のコントロールが効きますし、管理面で直接コントロールができなくても、BPOの委託先を通じてしっかりとした管理ができます」
――今後のGLASIAOUSの展望について教えてください。
「現在は会計・税務の専門家のほか、東京海上日動様やマイクロソフト様などの損害保険会社・IT企業にも賛助会員としてコンソーシアムに加わっていただいていますが、いずれは人事の専門家や不動産事業者などにも参加していただき、海外進出する際に必要なサービス全てを提供したいと考えています。機能面では、画像データのテキスト部分を認識して文字データに変換するOCR(光学式文字読み取り装置)にAI技術を加えたAI OCRの導入を進めていきたいと考えています。顧客から請求書を受け取り、画像ファイルから自動的に仕分けができるようになると、記帳代行業務の大半が自動化されることになるでしょう。人間がより高付加価値のある仕事に専念できるようにしたいと考えています」
春山雄一郎(はるやま・ゆういちろう)
米国公認会計士。2008年、ビジネスエンジニアリングに入社。mcframe GA (旧 A.S.I.A.)導入のProject Managerとして50社以上の導入案件を担当。これまでに16の国と地域で会計/業務システムの導入を主導した(主な導入国:米国、タイ、香港、ベトナム、シンガポール、インド、ドイツ)。GLASIAOUSの設立当初より事業推進に参加、現在に至る。