【インド現地レポート】Lirik India CEO Manish氏に聞く、インドの「今」と日本企業への期待

世界中が注目する巨大市場インド。その成長の背景には何があり、日本企業はどのように向き合うべきなのでしょうか。
今回は、インドのIT企業 Lirik IndiaのCEOであり、日本企業との提携経験も豊富なManish氏にインタビューを実施。「セカイのチカラ」編集部が、インド市場のリアルと日本企業への提言を紐解きます。
1. なぜ今、インドなのか? 圧倒的な人材リソースと「グローバル人材の
供給源」への進化
かつて欧米企業の「ITバックオフィス」や「コストセンター」と見なされていたインドは、今や世界経済を支える不可欠なエンジンへと変貌を遂げました。Manish氏は、その進化のプロセスを次のように解説します。
まず基盤となったのは、徹底したインフラの普及と機会の均等化です。インターネットとモバイル端末が地方の隅々まで行き渡ったことで、すべての人が学ぶ機会を得られるようになりました。これにより、都市部だけでなく地方からも膨大なマンパワーが掘り起こされ、ITサービスやバックオフィス業務を通じて実務経験とノウハウを蓄積。この厚みのある人材層が、現在進行形で世界のビジネスを下支えしています。
そして現在、この人材リソースは新たなフェーズに入りました。それが「インド人材のハイブリッドな進化」です。これまでは米国一辺倒だった視線が、日本や韓国など他の国々へも向けられるようになり、米国流の合理性とアジア流の現場力を併せ持つ人材が次々と輩出されています。
圧倒的な人材リソースに加え、政府による強力な教育・スキリング支援が噛み合ったインドは、名実ともに「グローバル人材の供給源」としての地位を確立し、グローバル市場にさらなるインパクトを与えようとしています。
2. 成長する国内市場と人材の「地方分散」
- インフラによる機会均等: インターネットとモバイルの普及により、地方の村からでも都市と同じ生産性で働ける環境が整いました。
- 人材のスキルアップとNITsの活用: インド政府はNITs(国立工科大学)などのトップ機関と連携し、地方大学のカリキュラムを市場ニーズに合わせて調整しています。これにより、企業は地方採用でも質の高いエンジニアを確保できるようになっています。
- 中間層のAI対応: 若者だけでなく、中間層の従業員もAIを「仕事を奪う脅威」ではなく「活用すべきツール」として捉え、リスキリングに意欲的です。
3. インドにおける「日本ブランド」の絶大な信頼と、若者たちの
「リスペクト」
「日本企業=品質保証(安全、高品質)」。この等式はインドにおいて依然として強固です。Manish氏によると、ホンダ、トヨタ、スズキなどの自動車メーカーが築いた信頼は絶大で、「どこで製造されたかに関わらず、日本の会社であれば品質が良い」という認識が定着しています。さらに注目すべきは、若者世代の変化です。日本のアニメ文化の爆発的な浸透です。Manish氏は、その熱狂ぶりと日本への敬意を象徴するあるエピソードを教えてくれました。
【エピソード:誰も席を立たない映画館】
Manish氏が息子と映画館へ日本のアニメ映画を観に行った時のことです。インドでは通常、上映が終わると、観客はエンドロールを待たずに席を立ち、出口へ向かうのが一般的です。しかしその時、館内の誰一人として席を立とうとせず、最後の最後まで静かにスクリーンを見つめていました。不思議に思ったManish氏が「なぜ帰らないんだ?」と尋ねると、息子はこう答えたそうです。
「これが僕たちの、他文化(日本)へのリスペクトの示し方なんだ」
かつては「日本=製造業」というイメージ一辺倒でしたが、現在はこうした文化的な深い共感を背景に、IIT(インド工科大学)の学生が日本での就職に高い関心を示すなど、キャリアの目的地としても「日本」の存在感はかつてないほど高まっています。
4. 日系企業と活動して感じる「文化的親和性」
Manish氏が自身の会社を日本企業と提携させた決め手は、「価値観の一致」でした。米国企業のようなドライな契約関係とは異なり、日本企業には「家族的な文化」や「透明性」があり、これがインドの文化と非常に親和性が高いと語ります。
- 相互尊重: 言葉の壁があっても、日本の駐在員がインドの文化や仕事の進め方を理解しようと努める姿勢は、インド人スタッフに高く評価されています。
- 伝統の尊重: インドの年配層には「日本は家族や伝統を重んじる国」という肯定的な認識があり、これがビジネス上の信頼構築にも寄与しています。
5. インド人と日本人、それぞれの強みと弱み
共に働く中で見えてきた、両者の特徴についてManish氏は次のように分析しています。
- 日本人の強み(Quality & Discipline):規律正しさと品質へのこだわりは世界一です。要件定義の緻密さや、決めたことを守り抜く姿勢は、インド側も大いに学ぶべき点として挙げています。
- 日本人の課題(Speed & Decision Making):一方で、課題は「アイデアから実行までのプロセスが長すぎること」です。完璧を求めすぎるあまり、検討に時間を費やしている間に市場のチャンスを逃してしまう傾向があります。Manish氏は「80%の確度でもまずはスタートし、走りながら修正する」スピード感の重要性を指摘しています。
- インド人の強み:変化への適応力と、新しい技術(AIなど)への貪欲な学習意欲、そして物事を迅速に進めるアジリティ(俊敏性)です。
6. インド市場へ挑戦する日本企業へのアドバイス
最後に、これからインドへ進出する企業へ、Manish氏から3つの具体的なアドバイスを頂きました。
1. 文化の架け橋となる人材の採用:
日本語と現地の言葉ができ、双方の文化を理解する人材を雇用すること。特にデリー大学(Delhi University)のような機関と連携すれば、日本語と日本文化に精通した人材が以前より容易に見つかるとのことです。
2. 大都市以外にも目を向ける:
デリーやムンバイだけでなく、地方都市や大学と連携することで、コストメリットのある優秀な人材を発掘できます。
3. 政府プログラムと注力産業への参入:
現在、インド政府は半導体(Semiconductors)、食品製造(Food Manufacturing)、農業(Agriculture)の分野を強力に推進しています。これらの分野への参入にあたっては、「Make in India」などの政府プログラムを活用し、政府とのコネクションを築くことが成功への近道です。
【編集後記】
取材を通じて印象的だったのは、Manish氏が語る「日本へのリスペクト」と、それ以上に熱のこもった「日本企業はもっとスピーディーに動けば勝てる」というエールでした。品質という最強の武器を持つ日本企業が、インド流のスピード感を取り入れた時、この巨大市場で新たな可能性が開花するはずです。インドが抱える膨大なリソースとの協業が新たなビジネスの扉を開くことになると思います。
