海外事業における業務デジタル化の勘所(第2回)システムへの要件検討の進め方

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前回のコラムでは業務分析による課題の洗い出しと優先度の付け方について記載しました。第2回では、洗い出された業務・経営の課題解決に向けてのシステム化計画や、要件検討のポイントについて書きたいと思います。

システムへの要件を洗い出そう

システム導入を計画する際には、まず将来運用するシステムにどのような形で業務・経営課題の解決を支援させるか考えることになります。そこで必要になる作業が、システムに期待する事を書き出す、いわゆる要件(Requirement)の洗い出しです。ここで要件を検討することで、システムが実現すべき事を明確にし、ソリューション選定時や実際にシステム導入を行う際の基本方針として活用するのです。

一般的に、ITシステムが業務・経営課題の解決のために「できること」には大きく以下の4つのカテゴリーがあります。

1. 情報のデジタル化・活用
 1-1; 分析データの提供
 1-2; 実行支援
 1-3; 統制
2. 人的作業の代替

大きなカテゴリーとして、「1.情報のデジタル化・活用」及び「2.人的作業の代替」があり、更に1をブレークダウンして考えると「分析データの提供」「実行支援」「統制」という3つの小カテゴリーとなります。業務とシステムの接点は情報のINPUTとOUTPUTであり、現場業務から収集=INPUTされた情報を管理・加工し最終的にOUTPUTとして情報提供する、というのがシステム運用の基本的な流れとなります。そのような観点から、システムが課題解決に寄与するべきOUTPUTとは何かを考え、システムに対する要件を洗い出していくのです。

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図1:業務とシステムの関係及びシステムが果たす役割のイメージ

「分析データの提供」からシステムへの要件を考える

要件を洗い出す1つのアプローチとして、経営層が必要とする分析のための情報が何か=システムからOUTPUTされるべき分析用データは何か、という発想から考える方法があります。経営層がよく抱える課題としては、経営の次の一手を打つための情報不足や不正確さなどがありますが、彼らがどんなデータを必要としているのかを考えることがシステムで管理すべき情報を定義していくのです。例えば、生産途中のモノの滞留状況を見える化したいという課題があるとすれば、工程内在庫情報のデータをシステム上で確認出来ること、というのが要件となります。

一方で、必要なデータをシステムで管理するためには、INPUTを如何に効率よく行うかを考える必要があります。業務の情報を提供するのは、経営ではなく現場側のオペレーションになります。そこで、日常の現場業務の情報を如何にデータに落としていくかということを考えていかねばなりません。

特に海外事業のシステム化でありがちな失敗事例としては、経営層が見たいデータをシステム上に入力する機能は用意したものの、現地の担当者がついて来ず、入力を怠ったり間違いを多発し効果的に活用できずに終わるという事です。先ほど挙げた例で言えば、工程内在庫を把握するためには、生産ラインの各所でシステムを使って出来高情報を採取することになりますが、各作業者に毎回PC画面から手打ち入力させていては作業負荷が大きく、しっかりと運用できないリスクがあります。

そこで、現場作業者に負担をかけず、効率よく情報収集するためにRFIDタグを使用してモノの移動を記録し、人的作業をなるべく介在させない仕組みにする、などの検討が必要になります。以上のことを考慮すると、現場での情報収集を自動でできるシステムであること、というのが要件となるのです。

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図2:分析用データから考えるINPUT及びOUTPUTの要件設定

業務を円滑にする「実行支援」から要件を考える

業務で生み出されるデータを分析するという視点だけでなく、データを活用することで業務を“うまく回せるようにする”という視点も重要です。経営側の視点から考えるとどうしても分析で使用するデータに注目されがちですが、システムデータの活用によって現場業務におけるコミュニケーションの円滑化やミスオペレーションの防止につながるという側面もあります。

これは上述した「実行支援」というカテゴリーで、システムが課題解決に寄与するポイントとなります。外食事業で使われているシステムの例を挙げれば、飲食店のホール担当が取った注文データが厨房側に飛ぶことで、調理作業のトリガーとなり、その情報が店内の各担当にも共有されることで、注文から提供までの遅延の有無、料理提供間違い防止のチェックという作業につながります。このシステムは飲食店の各オペレーションの作業開始をスムーズに行い、作業の進捗確認を支援し、ミス防止のチェック作業を促すという形で業務サポートをしているのです。

実行支援のためにシステムの活用を考える事は、各現場担当者にとっての「作業の拠り所となる情報」を考えることに他なりません。ここでいう拠り所となる情報とは、作業を実行する担当から見れば開始のトリガーとなる指示情報であり、作業結果を確認する担当からすれば指差しチェックを行うための情報なのです。これらの情報をシステムがデータとして提供する事で、作業をスムーズに行うための業務フローを構築することが可能になるのです。

オペレーションミスや不正を防ぐ「統制」の観点から考える

自社の業務課題の中にオペレーションミスや不正行為発生のリスクに関するものがあった場合、これらの問題を回避する「統制」の目的からシステムの活用が可能です。例えば、販売価格のミスの多発によって、納品書やインボイスの修正作業が多発し、顧客側との調整作業が多いという問題が現状業務に存在する場合は、誤り防止のためのコントロールがシステムでできること、というのが要件となります。

オペレーションミスは人の意識を変えれば無くなるというものではなく、人が作業に介在する以上は必ず起こり得ます。そこで、システムが「統制」の点で業務を支援し、システム上で作られたデータの不整合をチェックしたり、そもそも入力が行われないようにするなどのコントロールをすることが有効策になります。

システムでは通常、マスタ設定を基にデータの入力不備をチェックしたり、権限設定や監査機能で不正な操作を防ぐことができます。人に依らない統制を実施する事で、ミスオペレーションによるコスト増や将来不正なデータの入力が発生するリスクを回避しましょう。

「人的作業の代替」による課題解決を考える

自社の特定の業務に現場の負荷がかかっており、全ての作業をシステムに自動実行させたいという経営者の要望をよく耳にします。この「人的作業の代替」をシステムに担わせることは、上述した4つのカテゴリー中で一番高度で難易度が高いものになります。

例を挙げるとすれば、資材調達計画を立てるときに次月の購買数量を人がExcel等で計算して作っていたものを、MRP(Material Requirements Planning)の機能等を使って、購買所要数をシステムに自動計算させる、などの作業代替があります。システムではいくつかの変数を基にして結果を算出するという処理を実行することが得意ですので、そういった変数を使った算出式が決まっている業務であれば、システムに作業を代替させることで人の作業負荷を減らすことを検討した方が良いでしょう。

ただし、注意しなければいけないのは、作業が複雑でイレギュラーパターンが数多くある場合は作業のシステムによる代替が難しく、導入しても活用しきれないというリスクがあることです。難易度が高いと上述した所以はここにあります。一般的な業務システムは必ずしも人と同じようにイレギュラーパターンを判断して対応できる柔軟性を持ち合わせていないのです。後続のソリューション選定やシステム導入時の業務設計の段階で、そのシステムがどこまで複雑なロジックを組めるかを詳細に確認して、システムによる作業代替の施策を導入するかを決定するのが良いでしょう。こちらについては次話以降で詳しく取り上げます。

第2回では、業務・経営の課題解決に向けたシステムへの要件設定の考え方についてお話ししました。業務・経営課題に対して、システムがどう活用されるべきなのかを要件として事前に描いておくことは、ソリューション選定時や導入フェーズに入った後の業務・システム設計をぶらさないための有益な活動となります。また、経営サイドが求めるOUTPUTだけでなく、現場業務のINPUTの仕組みについても考慮することで、長期的に見て失敗のないシステム投資に繋げることができるのです。

第3回「ソリューション及びベンダー選定のポイント」へ続く

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加藤 洋一郎 氏
加藤 洋一郎 氏
野村総合研究所(香港)システムズコンサルティング部 シニアマネージャー
SIer、外資系コンサルティングファームを経て、2014年に野村総合研究所に入社。
日系企業向けに、業務改革コンサルティング、ERP導入、大型プロジェクトのPMO、CIOアドバイザリーなどを手がけている。多国籍のチームマネジメントを得意とし、10か国・地域において延べ20件以上のプロジェクトを成功させた実績を持つ。
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