海外事業における業務デジタル化の勘所(第1回)現状の見える化、業務分析の進め方

main

日々、コンサルタントとして多数のクライアントとお付き合いをしていく中で、様々な業務やシステムの課題を目の当たりにしています。本コラム「海外事業における業務デジタル化の勘所」では、過去に携わった数十社におけるプロジェクト経験に基づいて、海外事業の業務分析やシステム導入の進め方・ポイントについて、数回に分けて考察していきます。

改善テーマの仮説を立てよう

「現地法人の業務見直しをしたいのだが、何から着手すれば良いか。」本社にいながら海外拠点の業務管理を行う立場の方からこのようなご質問を受けることがあります。長期間に亘り業務の現場に入ることができるのであれば、業務改善のポイントを見つけ出すこともできますが、海外拠点業務だと常にそれができるとも限りません。遠隔にいて、限られた時間で調査・分析を行うとなれば難易度は上がります。短期間で業務の見える化を実現するためには、どのようなアプローチで業務分析を行うのが良いのでしょうか。

私が普段お客様に提案するステップワンは「まずはざっと全体感をつかんで仮説を立てる」というやり方です。具体的な進め方としては、有識者への簡易ヒアリングを行った上で、仮説立案と業務分析ポイントの絞り込みを行うという流れ(図1)になります。

fig1図1:業務分析の前作業の流れ

仮説を立ててから作業を進める、というのは限られた時間の中で調査を効率的に行うために有効な手法です。しかし、仮説立案のためにも、まず最低限の情報収集が必要となります。この情報収集のために有識者(=現地業務のキーパーソン)に絞ってヒアリングし、短期間で全業務の課題感をざっと把握するのです。

例えば、ヒアリングで現地のキーパーソンから「在庫の欠品による機会損失が多い」と聞いたのであれば、「需要予測の精度向上が必要では?」「在庫管理システムに改善の余地があるのでは?」などの改善テーマの仮説を導き出せるのです。そうすることにより、自ずと業務分析で注力するべき対象部門やプロセスが絞られ、現状調査に要する時間は、大幅に削減可能できます。

「業務の現状と課題」を見える化するための分析手法とは

仮説によりポイントを特定した後は、本格的な現状業務分析に入ります。業務分析という作業は、今ある業務を細かな要素に分けて整理する作業となります。具体的には以下の7つの要素から分析するのが一般的です。

部門、業務カテゴリー、作業、担当、頻度/時間、使用ツール、課題

これらの情報を整理するドキュメントツールをアクティビティリストと言い、既存業務の内容を棚卸しする際に活用できます。このアクティビティリストの使用には以下のようなメリットがあります。

  • 作業内容の詳細を記述できる
  • 業務カテゴリーと作業内容を構造的に整理できる
  • 各業務と使用ツール(システム、ドキュメント/帳票等)のマッピングができる
  • 各業務での課題を一覧で洗い出せる

アクティビティリストの具体的な作成方法としては、各業務担当者からヒアリングで聞いた内容を基に業務手順を明らかにしながら、各要素を整理していくというものになります。特に各業務でどのようなシステムやドキュメントを使っているかを聞き出すことは重要になりますので、忘れずにヒアリングを行いましょう。例として、私が実際にプロジェクトで作成したアクティビティリストのサンプルを表1に載せます。

image1表1 業務分析に使用するアクティビティリストの例

また他によく使用されるツールとしては担当部署の業務をスイムレーンに分けて表現する業務フローなどもありますが、こちらは一般的に良く作られているものだと思いますので、ここでの説明は割愛します。

海外においては調査の情報精度が課題に

海外拠点業務においては、たとえ上記のようなツールを使って業務分析を行ったとしても、正確に業務課題を捉えるには今一つ足りない結果になることが多々あります。外国語によるコミュニケーションの難しさや、現地人と日本人との文化・感覚の違いから起こる誤解があるからです。よく有りがちな過ちとしては、会議室に担当者を呼んで聞き取り調査をし、その口述情報だけを頼りに、ドキュメントを作った結果、内容が不正確だったり、網羅性に欠けたものになってしまうことです。

こうした問題を回避するために私がおすすめするのは、ヒアリングによる「人経由での確認」を実施した後に「システム・データ経由での確認」を行うことで、口述情報の裏付け作業を行うというアプローチです。前者の手法には人が話す内容であり、理解もしやすく効率的である一方で、情報の正確性・網羅性を担保するのが難しいという欠点があります。そこで後者の手法を使い、ヒアリング内容とシステム仕様・日常業務データとの整合性を確認することで、情報の齟齬や抜け漏れの検証を行うのです。

fig2図2:人経由とシステム・データ経由による現状確認

例えば、生産現場向けの部品払い出し指示作業について、担当者から「現状はシステムで機能が足りず、人手で指示作成がされている」と聞いたとします。それを裏付けるためには、そもそもシステム上で生産実行系の機能がどうなっているのかをチェックしてみます。ここでは担当者の言に依らず、自身の目でシステムの動き、実データやマニュアルを見て、仕様やフローを確認してみましょう。それらを調べることで、担当者が言っていた問題が、本当にシステムの問題なのか、実は担当者の知識不足で機能を活用できていないだけなのか、が見えてきます。

実際に私が担当したクライアントでも、実際にシステムで作られた業務データを見ることで、担当者が口述した内容との齟齬が見え、より突っ込んだ確認をしてみよう、となることが多々あります。海外においては、情報把握の難しさを補うためにも、現場・現物の確認を行うというアプローチが肝要なのです。

何から手を付ければ良いか?対応優先度のつけ方

業務課題を洗い出した後は、対応する改善施策を計画するという流れになりますが、その上で優先度付けはとても重要です。限られたリソースの中で全てを対応することは現実的ではなく、優先度に応じてその後の投資計画を立てる事になるからです。しかし、アクティビティリストから業務の課題を洗い出したとしても、それだけでは玉石混淆な状態です。「本当に重要な課題は何か」「何を優先にすべきか」ということを整理してみましょう。

では、優先度の付け方はどのようにすべきでしょうか。ここでは、経営・事業へのリスクや緊急性に従い優先度を決めるやり方と、着手のしやすさから決めるやり方の2つの軸があります。その2つの軸を基にして、図3のようなプロット図を作成し、そこに各課題を配置してみましょう。

このプロット図で、右上に属する課題は、緊急性やリスクが高いが難易度も高いため、システム化・設備追加などの追加投資をしなければ解決できないものとなります。そのため次のアクションとしては、プロジェクト化や投資計画の策定などにつながっていきます。一方、左上に属する課題は、緊急性やリスクが高い一方、解決に向けた難易度は低いため、プロジェクト化を待たず、すぐに現場に号令をかけ対応着手すべきもの、ということになります。右下や左下の課題は緊急性が低いため、難易度によっては対応を見合わせる、或いは優先度を下げて解決策を講じる、などの対応となります。このように課題を切り分け、すぐに着手すべきアクションの決定やプロジェクト化要否の見極めを行っていきましょう。

fig3図3:優先度の切り分け

第1回では、海外拠点の業務分析を行う手法について書きました。人・モノ・金に限りがある海外拠点では、調査に効率性が求められます。その一方で、現場・現物・現実の三現主義に基づく確実な事実確認を行うことも欠かせません。短期間で如何にポイントを押さえるか、ということが業務分析における成功のキーとなります。

第2回「システムへの要件検討の進め方」へ続く

人材と組織、システム、コストの視点でみるグローバルERPを実現するための7つのヒント

海外拠点へのグローバルERP展開を成功させるための具体的なヒントを「人材と組織」「システム」「コスト」の視点でまとめました。

  • グローバルERP構築の悩み
  • グローバルERP構築における障害は?
  • 「人材と組織」のヒント
    • 現地法人へのシステム展開時における日本本社からの人的支援
    • 現地担当者の協力を引き出すためのメリット提示
  • 「システム」のヒント
    • グローバルERPのデザイン<システム展開パターン>
    • グローバルERPのデザイン<海外拠点の現地化レベル>
  • 「コスト」のヒント
    • 機能分類による費用負担の考え方
    • 集中管理サーバによる利用料負担の考え方

ダウンロード

加藤 洋一郎 氏
加藤 洋一郎 氏
野村総合研究所(香港)システムズコンサルティング部 シニアマネージャー
SIer、外資系コンサルティングファームを経て、2014年に野村総合研究所に入社。
日系企業向けに、業務改革コンサルティング、ERP導入、大型プロジェクトのPMO、CIOアドバイザリーなどを手がけている。多国籍のチームマネジメントを得意とし、10か国・地域において延べ20件以上のプロジェクトを成功させた実績を持つ。
関連タグ
コラム

すべてのタグ