海外事業における業務デジタル化の勘所(第3回)ソリューション及びベンダー選定のポイント

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システムへの要件を書き出した後は、それらの要件を満たすためのソリューションの選定を行うプロセスに入っていきます。第三回では、システムの要件を基にソリューションや導入ベンダーの選定を行っていく際のポイントについてお話ししたいと思います。

自社要件の業務領域に対応するソリューションを絞り込む

ソリューションを選ぶ上での第一ステップは、自社の課題・要件の属する業務領域をカバーしているシステム製品に絞り込んで検討することです。以下のようなステップを踏むと良いでしょう。

1)業務分析で洗い出したそれぞれの課題や業務要件が属する業務領域を確認する
2)自社が求めるカテゴリーをカバーするソリューションを探す
3)そのソリューションを販売・導入するベンダーにRFPの提示を行う

例えば、世間一般にみられるERPパッケージではモジュールという単位でそのシステムがカバーする業務領域が整備されています。システム製品の紹介ページには、モジュール一覧が載っており、販売・調達管理、在庫管理、生産管理などの単位で業務のカバー範囲が説明されていることが多いです。初期段階では、その情報を基に自社の課題解決支援につながるソリューションにあたりをつけていく事が求められます。仮に自社の業務・経営課題が、購買管理、在庫管理、生産管理などの業務領域に集まっている場合は、それらのモジュールを持つ製品に絞って検討していく事になります。

図1:パッケージソフトウェアのモジュールと自社要件の業務領域のマッピング例

図1:パッケージソフトウェアのモジュールと自社要件の業務領域のマッピング例

RFPを提示して更に詳細な検討に進む

ある程度選定するソリューションのあたりがついたところで、候補ベンダー各社にRFP(Request For Proposal、提案依頼書)を提示して、情報を収集する段階に進みます。各ベンダーからの提案内容を吟味する過程で、課題をどう解決できるかという具体的なソリューションのイメージがわき、システム化計画に対するより細部の検討が進むことになります。RFPで各ベンダーに提案依頼する項目としては、以下のような内容となります。

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図2:候補ベンダーに提案を依頼する項目

RFPの書き方については、多くの書籍やウェブページで紹介・解説されているので詳細は割愛します。以下では、特に海外におけるシステム導入という観点でのソリューションやベンダー選定における留意点を記載していきます。

可変性・柔軟性の評価をしよう

ソリューションの選定においては、ビジネス環境の変化や要件の変動に対する柔軟性の有無についても考慮しなければいけません。特に海外事業においては、ビジネス環境の変化や事業計画の変更など様々な変動要素が想定されるため、導入するソリューションに対しても以下のような点での柔軟性が重要となります。

1)システム環境の導入・変更・切替を迅速に行えるか
2)ビジネス要件の対応に低コストかつ高速に対応ができるか

1)の具体例としては、ある国・地域での販社・工場の新規立ち上げ、もしくはその国・地域からの撤退などがあります。そのような状況で、システムの構築や移行に時間がかかる仕組みでは事業の変動に即時に対応できなくなります。昨今では、システム環境を全てクラウド化することによって、追加・変更を柔軟に、且つ迅速に行う事ができます。ソリューション及びベンダーを選ぶ際にそのような柔軟性のあるシステムアーキテクチャを構築するケーパビリティがあるか確認しましょう。

2)については、業務で必要とされるシステム機能の変更や追加への対応となります。例としては、新たに必要な帳票類の開発が容易にできる、項目の追加が容易にできる、といったものになります。最近のトレンドとしては、エンドユーザーコンピューティングという、ユーザー自身で帳票の開発や画面項目の変更追加を行えるシステムが増えてきています。通常、開発元に依頼しシステムの変更を行うと、以下のような工程を経て変更しなければならず非常に時間がかかります。


業務要件の変更が発生するたびに、これを繰り返していては、都度時間とお金をかけて対応することになります。そのため、候補ベンダーからのRFP回答には、将来発生し得る変更への対応方法について説明を依頼し、ソリューションにおける柔軟性有無について吟味しましょう。

各国・地域の制度への対応も考慮されているか

海外事業におけるソリューション選定の場合、対象国・地域の政府要件への対応可否も考慮点となります。例えば、フィリピンでは、当局の制度として、システムから自動で出力すべき帳票・レポートに細かい規定を設けられていますが、この様な規制は多くの国で見受けられます。これらのローカル要件への対応は、世の中にある全てのシステム製品が対応できているわけではありません。グローバルに広く使われているシステム製品であれば、各国の制度に対応した帳票・レポート類を備えている製品もありますが、一般的に対応レベルは限定的です。一方導入対象国のローカルソフトウェア会社が提供するシステム製品であれば、その国ならではの要件に対応した仕様となっていることが多くあります。しかし、ローカルの製品はどうしてもグローバルワイドなソリューションに比して機能群の充実性に欠ける場合が多いのも事実です。この場合、販売・調達管理、生産管理など、比較的ローカル要件に左右されない業務領域については、グローバルなソリューションを適用し、会計・税務などの業務領域は、ローカルのソリューションを活用する等、業務領域ごとにシステムを分けて導入することも考えられるでしょう。

当地政府要件にどこまで厳密に対応する必要があるかは、その国・地域によって異なりますが、現地要件に合わせなかった場合のリスクの大小で、対応レベルを決めるのが良いと考えます。ここで言うリスクとは、政府要件に従わなかった場合のペナルティの大きさや、税務レポートをシステムで作成できない場合にかかる人件費の大きさなどになるでしょう。

図3:フィリピン現地要件への対応例

※フィリピンでは、請求書上に「納税者識別番号」「税額計算欄」の表示や、重複や番号飛ばしのない通番(システムで自動採番)の表示等、政府が定める要件に対応した印刷機能の開発が必要となる。

図3:フィリピン現地要件への対応例

ベンダーに要件シナリオに沿ったデモを依頼する

ベンダー選定を行う際に、RFP回答としての提案書を受け取るのとは別に、ベンダー側に具体的なソリューションのデモの依頼を行う事があります。業務・経営課題の解決に向けた重要な要件については、提案依頼先のベンダーに、要件に沿った業務シナリオやデータを与えた上で、具体的な解決策の実演してもらうのが良いでしょう。このデモを依頼することには以下のような狙いがあります。

  • 該当のベンダーに対象業務領域における経験や他社導入事例があるか、またそのチームにその道のエキスパートがいるかどうかが確認できる
  • 提案内容にあるシステム製品が、そのケースに対する具体的な解決策を提供できるかチェックできる
  • 自社チーム内で課題解決の詳細方法についての理解を深め、検討をより効果的に進めることができる

自社要件の実現に向けては、システム製品の仕様がそれを満たすことができると同時に、ベンダーのチーム内に対象業務領域に精通しており、問題解決に向けたスキルがあることも必要な要素です。両者のうちどちらかが欠けていては課題解決に向けた施策はできません。重要項目については、ベンダーの提案するソリューション内容が単なる営業トークで飾られたものではなく、地に足の着いた解決案となっている事を検証しましょう。またデモを現場業務の担当者や管理者に一緒に見てもらう事で、ベンダー側が提示する解決方法を基に具体的なTo-Be業務の検討を社内的に進める事も可能になります。提案書書面に書いてある内容で吟味・検討することと実システムやデータの動きを見ながら解決策の妥当性やソリューションの詳細を詰めることでは、議論の深さや緊張感がまるで違います。具体的な要件シナリオを活用することで、ベンダー側も自社の業務担当者も一定の本気度をもって具体的な課題解決の案を考えるようになるのです。

第3回では、ソリューション及びベンダー選定のポイントについてお話ししました。特に海外事業においては変化への対応の柔軟性や、ローカル要件へのサポート可否というポイントが、日本におけるソリューション選定よりも重要視されることになります。また海外では実績も未知数のベンダーと付き合う事も多くなります。言葉・文章での提案説明だけでなく、実システム・実データを使ったデモを活用することで、ベンダーの実行能力評価を正確に行うことが成功のキーとなるのです

第4回「プロジェクトの立ち上げと進め方 - 業務・システム刷新の実現に向けて」へ続く

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加藤 洋一郎 氏
加藤 洋一郎 氏
野村総合研究所(香港)システムズコンサルティング部 シニアマネージャー
SIer、外資系コンサルティングファームを経て、2014年に野村総合研究所に入社。
日系企業向けに、業務改革コンサルティング、ERP導入、大型プロジェクトのPMO、CIOアドバイザリーなどを手がけている。多国籍のチームマネジメントを得意とし、10か国・地域において延べ20件以上のプロジェクトを成功させた実績を持つ。
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