日系企業がフィリピン進出で注意したいポイントとは N-PAX戸田社長インタビュー後編

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11歳でプログラミングを始め、20代にして海を渡って起業したN-PAXフィリピン社の戸田貴大・社長兼CEO。B-EN-Gの海外拠点向け次世代会計基盤システム(コンパクトERP)「mcframe GA」のフィリピン市場での拡販に協力する頼もしいパートナーだ。前編では、戸田社長とプログラミングの出会いから会社設立の経緯までについて聞いた。後編では、戸田社長も苦労したというフィリピンの商習慣やIT事情、日系企業がフィリピンに進出する際、注意すべき点について教えてもらった。

フィリピンで「狙い目」の市場とは

――フィリピンのIT事情についてお聞かせください。

「インターネット環境がここ数年で急激に良くなりました。マニラの首都圏にあるボニファシオ・グローバルシティ(BGC)はオフィスビルが整然と並び、先進国と見紛うかのような街並みです。ですが、首都圏を出て地方へ行くと、ネットのつながりが悪いと感じることが時々あります。フィリピン全体としてはネット環境が良いとは言えない。これからの発展に期待というところです」

「注目すべきは電子商取引(EC)市場です。全体としては5170億円(2018年)と、日本の35分の1といった規模であり、この中の物販系EC市場については日本のわずか100分の1に過ぎません。ですが、フィリピンのGDP上昇率を見ると、今後EC市場における物販も、間違いなく伸びていくと思われます。市場規模は2018年では924億円ですが、感覚的には1兆円ぐらいあってもおかしくない。『資本力のある企業は物販系EC分野に要注目ですよ』と声を大にして言いたいですね」

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戸田氏作成 参考: 経産省
https://www.meti.go.jp/press/2019/05/20190516002/20190516002-1.pdf
DIGITAL 2019 SPOTLIGHT: ECOMMERCE IN THE PHILIPPINES

驚きの会計事情

――フィリピンの会計事情について教えてください。

「フィリピンには3種類の会計帳簿があります。いまだに信じられないのですが、基本的には手書き帳簿しか認めないことになっています。会計ソフトを使っても良いのですが、最終的にはやはり手書きにして提出せよということになっています。ミスが発生するし、手間もかかってしまいます」

「そこで、ルーズリーフ会計帳簿というものがあります。フィリピン内国歳入庁(BIR)から使用許可を得れば、会計記録をプリントアウトしたものを帳簿に貼り付けてBIRに提出することができます。とは言うものの、紛失や火災で焼失の恐れもあります。そこで現れたのがコンピューター会計システム(CAS)です。BIRの許可を得れば全部コンピューター化できるようになったのです。それでもかつては承認までにおよそ2年もかかっていました。典型的なお役所仕事だったわけです」

ドゥテルテ大統領の就任で一変

「しかし、2016年にドゥテルテ大統領が就任して状況は一変しました。18年に『事業のしやすさの促進と効率的な行政サービス提供法』が施行され、行政手続きごとの最長処理日数が定められました。違反した職員に罰則を与えることで、お役所仕事が改善されました。CASについても、2月現在に未承認のものが3000件ぐらい残っていたらしいのですが、大統領の鶴の一声で全て承認となりました。逆に心配なのは、ドゥテルテ氏の次の政権で、反動が起きて不許可になるなどしないかということです。新興国ならではのビジネスリスクはありますね」

「20年ぶりとなる大規模な税制改革の行方にも注目です。所得税や法人税が減税されるなど、メリットも多くあります。一方で、フィリピン経済特区庁(PEZA)に登録している企業に与えられていた税制優遇の縮小・廃止が検討されています。免除されていた付加価値税12%が課税される可能性のほか、粗利益の5%で済んでいた法人税の優遇も変更になる恐れがあります。もし法案が通れば、日系を含む外資系企業にとっては打撃となり、フィリピンから撤退する企業も現れるでしょう」

理系人材が豊富

――フィリピンの教育レベルは?

「大学のレベルは高いとは言えないですね。トップのフィリピン大学でも日本の難関私大に及びません。しかし、人材確保という点では事情が異なります。フィリピンの大学進学率は日本より低いですが、子供の数が圧倒的に違います。15歳から19歳までの人口は、日本の570万人に対し、フィリピンは1000万人超です。こういった状況もあり、大学生の数は日本と同程度です。今後はフィリピンの大卒者数が日本を超えていくと思われます。さらに、理系を選択する学生が日本の2倍ほどいます。世界や日本と比べて、フィリピンの教育レベルは、まだまだ高いとは言えないと思いますが、IT業界で働く理系人材は、アジアの中でも非常に有望視されています」

「また、フィリピンは日本と異なり、新卒一括採用を行っていません。基本的には実力社会。良い大学を卒業したからといって良い企業に入社できるというわけではありません。また多くの優秀な学生たちがフィリピンを離れ、海外の企業で働くことを希望する状況が長年続いています。そういった人材がフィリピン国内で働ける環境を作っていくことにより、より多くの優秀な人材を雇用できると思います」

残業代、最大5倍に注意

――フィリピンの給与事情について教えてください。

「月給制の場合、給料日が月2回という特徴があります。月1回だと使い切ってしまうという国民性が背景にあるそうです。大企業では四六時中、給与の計算に追われています。また、日給制の従業員が非常に多い国でもあります。IT業界ではほとんどの社員が月給制ですが、製造業などでは日給制の従業員の比率が高いですね。こういった特殊事情から、他国から人事勤怠給与システムを持ち込むのがフィリピンでは難しい状況になっています」

「手当の種類が非常に多い国でもあります。米手当や制服手当、洗濯手当などを支給する企業があります。企業にとっては一つのテクニックです。フィリピンは監督官庁の権限が強く、基本給を簡単には下げられない国です。だから基本給を押さえながら、手当で対応するという企業が多いのです」

「残業代は通常の日は日本とあまり変わらないのですが、休日や夜勤などと重なると、一気にレートが変わります。休日でダブルホリデーに夜勤を行って残業すると、通常の557.7%の給料を支払わなければなりません。1時間働いただけで5時間半分の給料となるわけです。ですから、工場でトラブルが発生し、従業員を特別に出勤させる際はカレンダーを確認した方がいいのです」

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フィリピンの残業代のルール(戸田氏作成)

日系企業の駐在員は「本当に大変」

――フィリピンにおける日系企業のビジネス上の課題や、苦労とは何でしょうか?

「見ていて大変だなと思うのは人事ですね。日本人駐在員として赴任されても、数年たてば交代となります。さらにご本人のキャリアと異なるポジションに着任するケースもあります。例えば今まで生産が担当だったのに労務をやらなければいけないといった人も少なくありません。そういった中で、日本語が通じない、ルールが日本と全く異なる国に来られ、限られた任期の中で成果を出さなければいけないというのは、本当に大変だな、と感じています」

「そういった状況の中で、いかに信頼できるパートナーとなる企業を見つけ、引き継いでいけるのかということも大きな仕事なのではないかと思います。困った時に相談できる弁護士事務所や、会計事務所、私たちのようなシステム会社など、日本語で問い合わせができるパートナーとしっかり関係を結び、それをアップデートしていくのが大事だと思っています」

mcframe GAと出会い「これだ」

――自社で基幹業務系システム(ERP)を開発しているのに、なぜB-EN-Gのmcframe GAのパートナー契約を結んだのか?(※2017年に締結。さらに2019年11月、B-EN-GはN-PAX社に資本参加した

「N-PAXのERP (NXPERT)はもともと財務モジュールを有していましたが、フィリピン国内だけで事業を展開している私たちの規模の会社には、差別化が難しい分野でした。自社単独では厳しいと感じていた時、mcframe GAと出会いました。mcframe GAは海外に進出した日系企業が同じシステム上、かつクラウド経由で日本本社からも情報を確認できるというメリットもあります。N-PAXのERPと連携もでき、mcframe GA自体に販売や在庫管理などのERP機能が付いていることも決め手となりました。『これだ。これをN-PAXで販売したい』と思ったのです」

進化を止めれば終わり

――N-PAX社の今後の展望について教えてください。

「この業界は進化を止めれば終わりだと考えています。現状維持が目標になった時点で会社をたたんだ方が良いと思っています。とにかく失敗しても良いので、進んでいく、他社と何らかの違いを出していくということが大事だと思っています。各事業部のフィリピン人のトップに対し、いつも口酸っぱく伝えています」

「特に昨今はIoTやAIの分野に力を入れています。物体認証管理システムもその一つです。カメラで撮影したリアルタイムの映像から、工場内で誰がどんな作業をしているのかを自動的に認識、生産管理システムへデータを落とし込むことができます。普通は人間の目で判断するところをAIにやらせるわけです。ゆくゆくは、例えばレストランのテーブル上に運ばれたメニューが何だったか、客の年齢や性別のほか、何分かけて食べ終えたのか、談笑している時間は何分だったか、テーブル回転率はどうだったか――。こういったことが分かるようなシステムへも応用できると考えています」

「データ分析事業にも力を入れており、私自身も以前より力を入れて勉強しています。フィリピンで優秀なデータサイエンティストをスカウトし、昨年に念願かなって専門部署を立ち上げることができました。今のデータ分析の市場は、『何が起こったか』を記述統計を利用して説明するレベルにとどまっています。『なぜ起こったか』を分析する企業も出てきましたが、『何が起こるか』といった将来予測まで行うことができるレベルの企業は限られています。時代は今後、さらに『どうやって起こすか』のレベルまで求められます。私たちのミッションとしては、多くの企業に対して、『何が起こったか』より上のレベルで、データ分析が実現できるためのお手伝いをしたいと考えています。B-EN-Gとの連携も将来的には面白い展開になるかもしれません」

※N-PAX社のWebサイトはこちらです。
(文・共同通信デジタル 須藤祐介 撮影・平舘平)

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