【調査結果サマリー】日系海外進出企業のIT活用動向調査2024年 不確実性の時代に備えるIT活用
ビジネスエンジニアリング(B-EN-G)は、2024年1月に、海外で事業を行う日本企業を対象として「海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査」と題した調査を行った。調査結果からは、為替変動やビジネスコスト上昇などの影響や、レジリエントな経営を支えるIT活用の重要性、脱Excelへの悩みなど、回答企業のリアルな声が把握できる。
海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査(2024年版) レポートのダウンロードはこちら
1.大きく変わる海外の事業環境
SNSで「インバウン丼」が話題になっていた。豊洲やニセコで、豪華な海鮮丼が8000円など日本人が驚くような値付けをされており、外国人観光客は値段を気にせず楽しんでいる。筆者は20代の頃からバックパッカーとして旅をしており、東南アジアに行くと「何を食べても安くて美味しいな」と思っていたが、逆の立場になったようだ。今では日本のほうが安いとは、隔世の感がある。
海外情勢は大きく変化している。「海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査」の調査結果をみても、国際情勢の変化が海外事業に影響していないという回答はほとんどない。インパクトが大きいテーマとしては、特に、為替の変動と海外での人件費の上昇が挙げられた。また、紛争、政変、社会情勢など地政学リスクという回答が多かったのは、不安定感が高まる昨今の国際情勢を反映した結果といえる。これまで予期しなかった事態が起きる可能性がある、不確実性の時代である。
為替については2011年頃と比べると円の価値は半減しており、コロナ前との比較でも3割減である。海外の人件費や物価の上昇、地政学リスクの高まり、資源・エネルギー確保の難しさなど、海外で積極的に事業を行っている企業ほど大きな影響を受けているといえるだろう。
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海外進出企業の情報システム/デジタル技術活用に関する動向調査 (2022年版)
2.国・地域別にみたアジアの事業環境
今回調査対象とした国・地域は主にアジアである。日本企業がアジアで事業を展開する理由は、主にマーケットとしての魅力となるだろう。より詳細に、国・地域別にみると違いが見えてくる。以下に特徴的な調査結果を紹介しよう。
● ASEAN
製造業が多く進出するASEANでは、事業を行う上で重視する点として「安価・豊富な労働力が調達できる」や「インフラ(通信・交通・電力など)が整備されている」という回答が他地域より多い。低コストの生産拠点とみなされていたのは2010年代くらいまでであろう。労働力はもはや安価ではないが、日本と比べて若年層が多く豊富であることは重要性が高い。とはいえ、最も重視しているのはアジアの市場性であり、現地で生産して現地の市場で販売する“地産地消”が加速していくだろう。
● 中国を含む東アジア
地政学リスクの高まりを懸念する回答が多い傾向がみられた。米中の対立、資源の囲い込みの進展などによるサプライチェーンへの影響は、アジア地域で事業を行う日本企業にとって大きな地政学リスクとなっている。韓国については、政治・社会情勢が安定しているという回答率が高かった。
● インド
地域別に分析すると、「現地の市場が有望」「現地の経済成長」の回答率が最も高くなった。2023年に人口で中国を抜き世界一位となった人口大国である上に、経済成長率も高い。日本政府はグローバルサウスと呼ばれる国々との連携を重視する方針を示しているが、新興国の中でも特に注目度が高まっている国の一つと言えそうだ。
3.IT活用も「変化への対応」がポイント
ビジネスエンジニアリングは、2014年(調査期間2014年6~7月)及び2022年(調査期間2022年1月)にもアンケート調査を行っている。2014年と2024年の比較はこの10年のギャップの把握、2022年と2024年の比較はコロナ禍後の変化の把握としてみることができる。
筆者は2010年代初めごろから日本企業の海外展開をテーマに調査研究を行っているが、当時は事業をグローバル化することそのものがテーマとなっていた。実際、2014年の調査結果では海外拠点展開が重点事項となっていた。2022年には海外での事業展開はすでに前提条件となっており、市場環境変化への対応が最大の課題に挙げられている。変化への対応を重視する傾向は2024年にはいっそう強まっている。
「変化」の意味も、2022年と2024年では異なっている。2022年はまだコロナ禍からの出口を模索していた時期であり、パンデミックにおいての事業継続という守りの姿勢がみられた。一方、2024年現在では、成長著しいアジアマーケットをいかに獲得するか、という攻めの姿勢に転換している。
不確実性の時代においては、レジリエントな経営を支えられるシステム基盤、基幹システムを構築することが非常に重要になっていることが指摘できる。
4.足元の課題は業務効率化 IT活用による「脱Excel」から始めたい
基幹システムの利活用において「変化への対応」が重要なテーマであることは間違いないが、調査結果から、もっとリアルな現場の声を拾い上げてみる。
経営データ(会計、販売、購買、在庫)の管理方法を尋ねると、「本社と海外拠点の間では、経営データはほぼ全てExcelなどでやり取りしている」が5割あった。ERPなどシステムを活用して経営データの一部または全部をリアルタイムに連携しているという企業は、大手企業でも多くはない。Excelによるアナログな業務プロセスが日本本社、海外現地法人ともに負担になっている、海外では日本人駐在員が本社対応に追われている、というのが業務の実態とみられる。
脱Excelは典型的な事例となるが、ITの利活用で重視すべきは、まずは足元の業務効率化であろう。今も昔も変わらないテーマだが、国内外の人件費の向上や物価高が進む一方で、円安、電気料金の上昇などでITコスト自体も上昇しており、ITの活用により業務効率化や業務コスト削減の成果を着実に得ることが肝要だ。業務アプリケーションの機能向上やクラウド化の進展、AIの発展など、IT技術の進展により、得られる効果は大きくなっていることは期待できる。
経営データの管理は、ERPなどの基幹システムや業務アプリケーションの利活用と密接に関係している。SaaSなどコストパフォーマンスの高いソリューションやサービスを活用し、海外拠点のシステム化を強化することも重要であろう。
図 1 海外拠点を含むグループの経営データ(会計、販売、購買、在庫)の管理状況(単数回答)
5.脱炭素・GXに取り組む企業は4割、取り組む理由は「社会的責任」
2023年の夏は記録的な暑さとなり、冬は暖冬となった。気候変動による地球温暖化は国際社会で大きな問題となっている。企業への要請も強まっており、2022年4月に再編された東証のプライム市場に対しては、気候変動に係るリスク及び収益機会が事業に与える影響に関する情報開示が実質的に義務付けられた。さらに、GHG(Greenhouse Gas、温室効果ガス)の排出量の開示を義務づける検討も進められている。自社が排出するGHGだけではなく、原材料やその輸配送、製品利用や廃棄などサプライチェーン全体にわたるGHG排出量の算出・開示が求められる方向性である。
図 2 温室効果ガスのサプライチェーン排出量概念図
出所:環境庁
日本企業での取り組みは進んでいるのだろうか。脱炭素、GX(グリーントランスフォーメーション、脱炭素と経済面の成長を両立させるための変革)の取り組み状況を尋ねた結果は、「既に取り組んでいる」の回答率は4割を超えた。
日本本社と海外現地法人を比較すると、海外のほうが回答率は低い。本調査の主な対象国はアジアであり、欧州などと比べれば環境への取り組みが進んでいないことは理由の一つとなるだろう。また、製造業以外の企業に所属する回答者も4割含まれ、海外に生産工場を持っているわけではなく事務所を置いている状況であれば、脱炭素に取り組む余地が小さいケースもあろう。
図 3 脱炭素化・GXの取り組み状況
上場企業への取り組み義務付けの潮流はあるものの、取り組む理由をみると、上場の有無に関わらず社会的責任のためという回答が目立った。一方で、ノウハウや人材の不足、再生可能エネルギーの利用や設備投資にかかるコストなどの課題も多く挙がった。環境変化に対応した事業変革など戦略的な取り組みへと転換していくには、社会全体でGX推進の環境整備を進めることが必要となるだろう。
【調査概要】
調査方法:Webアンケート調査
調査期間:2024年1月
調査対象
■ 海外拠点を持つ日本企業
■ 国内拠点(本社含む)及び海外現地法人(東アジア、ASEAN、南アジア、米国)に勤務する会社員
■ 全業種
有効回答数:800件
【コラム著者紹介】
小林明子氏
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 主任研究員
矢野経済研究所で主席研究員を務めた後、デロイト トーマツ グループが2022年に設立したシンクタンク、
DTFAインスティテュートに主任研究員として参画。IT・デジタルを専門とする。
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