【海を渡る日本流IoT教育】②自動化への第一歩 LIPEで後押し

日タイ連携のIoTを活用した人材育成プロジェクトLIPE(Lean IoT Plant management and Execution:リペ)の取り組みを紹介するシリーズの2回目。今回はプロジェクトに参画する4人による座談会の模様をお届けする。LIPEの前身となるプロジェクトでは、タイの製造業の自動化が容易ではない現実が見えたという。いったいなぜか。そしてそれをLIPEによってどのように克服していくのか、4人が思いのたけを語った。
※座談会は2021年7月に行われました。

(前回の記事は「データ活用の新潮流 タイで産声」

【登壇者】

和田有平氏

和田有平氏
海外産業人材育成協会(AOTS)バンコク事務所所長。経済産業省から委託を受けたLIPE事業の実施主体として、専門家と連携して研修を実施するとともに、タイ政府やLIPEに参画する各企業・大学との調整などを担う。

横瀨健心氏

横瀨健心氏
デンソー・インターナショナル・アジア(DIAT)リーンオートメーション事業室長。LIPE事業のリーダーである小島史夫・早稲田大学客員教授らと全体カリキュラムの作成や、研修施設での実習計画の策定などを担当。また、LIPEコンセプトに基づき、簡単に設備からデータを収集するソフト「IoT Data Share」を教材として提供。

Thongpol Oulapathorn氏(トーンポン・ウンラパトーン)

Thongpol Oulapathorn氏(トーンポン・ウンラパトーン)
Sumipol Corporation Limited(スミポン)ダイレクター兼ゼネラルマネジャー。1万5000社に製品を供給する大手機械・工具商社のパイプを生かし、タイの製造業にLIPEへの参加を呼びかけている。

渡邉祐一氏

渡邉祐一氏
Toyo Business Engineering (Thailand) Co., Ltd.(B-EN-Gタイ)副社長。現地でのLIPE事業の推進、および参画するメンバーの取りまとめ、実行支援を担当。また、LIPEのカリキュラムのうちビジュアライゼーションのカリキュラム作成および、LIPEコンセプトに基づくOEEテンプレート開発などを担当。
B-EN-Gタイの紹介記事はこちら

※司会進行は共同通信デジタル・須藤祐介

タイ製造業の弱点 コロナ禍で浮き彫り

司会:2020年7月にLIPEがスタートして約1年になります。そもそもの目的や背景について実施主体であるAOTSの和田さん、お聞かせいただけますでしょうか。

和田有平氏(以下、和田):LIPEの大きな目的は一言で言えば、タイの製造業の高度化ないしタイランド4.0の実現に日本が貢献するということです。

LIPEに先立ち、AOTSは2018年からLASIと呼ばれるロボットシステムインテグレーターの人材育成プログラムの実施を担ってきたのですが、タイの製造業の自動化を進めていくのは想像以上に容易ではないことがわかってきました。特に中小製造業では、自動化よりも先に既存設備の活用という点でまだまだ改善点がたくさんあるということが見えてきたのです。

日本は製造現場のカイゼンを長年にわたって地道に積み重ねてきました。それこそストップウォッチを使いながら、作業の無駄をなくして製造のサイクルタイムを1秒でも短くし、生産性を上げていくことをやってきました。しかし、タイを含め東南アジアの人たちが、この地道なカイゼンに同じように取り組むことはなかなか受け入れられにくいことだと思います。

そこで、シンプルで安価なIoTを賢く使い、カイゼンと同様の効果を実現する方法(リーンIoT)であればタイにフィットすると考えました。資金力に乏しい中小製造業であっても、少ない投資で生産性を向上させ、経営体力を高めていくことができます。そうすればやがて自動化の道も見えてくるでしょう。これこそがLIPEの目指しているところとなります。

司会:和田さん、ありがとうございました。タイの中小製造業では自動化を進める以前にさまざまな課題があるとのお話でした。トーンポンさんはタイ企業の立場からタイの製造業の現状をどのように考えていらっしゃいますか。

トーンポン・ウンラパトーン氏:タイの製造業は今、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で工場の稼働停止が相次ぐなど、どこも苦境が続いています。ただ、問題の根本はむしろコロナ禍以前からすでにあったとも考えています。

タイでは大企業からローカルな会社まで、Tier1(ティア1)、Tier2、Tier3、Tier4と続くピラミッド型の産業構造が広がっています。長年にわたり、日系企業から「この部品を作りなさい」「この機械を使いなさい」と言われた通りに作るだけの状況が続いていました。
※Tier1(ティア1)とは1次取引先のことであり、自動車業界では完成車メーカーに直接供給する1次部品メーカーのことを指す。Tier2はTier1に部品を供給する企業であり、完成車メーカーにとっては2次取引先となる。

以前はそれでも良かったのですが、近年はベトナムなどの周辺国が成長する一方、タイは賃金上昇や少子高齢化による労働力人口の減少で頭打ちの状況にあります。

そしてコロナ禍の今、Tier1がTier2への発注を止める、Tier2がTier3への発注を止めるという状況が続けば、産業全体が共倒れになってしまうリスクすら出てきています。このまま単なる製造拠点に甘んじるのではなく、今こそ自分たちでビジネスをビルディングできるように、デジタル技術を活用して産業の高度化を実現していかなければなりません。

とは言うものの、指示書に従って生産することに慣れてきた企業が、単にデジタル技術だけを取り入れても効果を発揮できないでしょう。その前提となるスマートなものづくりや基本的な考え方を理解できていないからです。こういった状況なので、先ほど和田さんがおっしゃったように一番簡単で導入しやすい方法でなければいけないし、導入前の教育や継続的な支援が大事だと思います。LIPEの取り組みはいわばマラソンだと言えるでしょう。

リーンIoT タイから日本へ逆輸入も

司会:トーンポンさんのお話を受けて、日本側の立場として和田さんはどのように思われますか。

和田:タイの製造業の課題というところと少し外れるかもしれないのですが、二つ重要なポイントがあると思います。

まずLIPEは日本にとって「製造業×デジタル」を成功させるエポックメーキングの良い事例になると思っています。日本はグローバルに見るとデジタル化が進んでいるとは言えない状況です。GAFAやアリババ集団、テンセントといった海外のコンシューマー向けメガプラットフォーマーの後塵を拝しているだけでなく、日本の強みである製造業のデジタル化で世界をリードできる存在にはまだなれていません。

タイ政府が掲げるタイランド4.0もドイツの「インダストリー4.0」から取ってきています。おそらく製造業のデジタル化では、ドイツの方がうまくやっているのが実態だと思います。日本の製造業はデジタル技術をうまく取り入れて、この分野で世界をリードしていけるはずです。LIPEはその代表的な取り組みの一つになるでしょうし、日本に逆輸入して活用できる可能性も秘めていると考えています。

もう一つのポイントは、タイの製造業にとってもIoTの効果的な活用を広げる良い機会になるということです。IoTやデジタルはバズワードになっていて、とりあえず「見える化」すればいいとか、センサーをたくさんつけてビッグデータを集めればいいということになりがちです。

欧米流のIoTは高価なソフトウェアやIoT機器を入れたがりますが、十分使いこなせていなかったり、過剰投資で費用対効果がそれほどなかったりするという話を聞きます。またそもそも、中小企業では資金的になかなか導入に踏み切れないところもあるでしょう。こういった現状に一石を投じられる、中小企業でも導入しやすい手法であるというのがLIPEの強みだと思いますし、我々が解決したいタイの課題というわけです。

司会:タイの中小製造業にはシンプルなIoT(リーンIoT)が向いているというわけなのですね。この点、LIPEに先立ちタイで自動化の普及事業(LASI)に力を入れてきた横瀨さんはどのように考えていらっしゃいますか。

横瀨健心氏(以下、横瀨):やはりロボット化・自動化を進めていく上でベースとなる技術を蓄積していくことが非常に重要だという認識を改めて持っています。

和田さんからも少しお話にありましたが、単にロボット化といってもロボットを置けば全てが終わりというものではありません。そのロボットをいかに無駄なく動かすような設計ができるか、高度なプログラミングができるか、また故障した場合はそれを直すことができるかといった、かなり複合的な能力・技能・技術が求められていきます。

タイはこれらの点でさまざまな課題を抱えていますが、その一方で、日本企業とずっと歩んできたことによってカイゼン活動のマインドを持っていることは、タイの強みであり日本との親和性が最も大きいポイントだと思っています。

また、アジアの人々はデジタル化やIoT化に対して非常に感度が高い。どんどんIoTをやっていきたいという人が日本に比べて非常に多いと感じています。我々日本のメンバーが正しい工場管理の仕方や最新のIoT技術を掛け合わせて提供していけば、タイの生産性は加速度的に上がっていくことでしょう。ゆくゆくはLIPEで磨いた手法を日本に逆輸入する日がやってくるかもしれません。

欧米流は機械中心、日本流は人が中心

司会:なるほど、日本のものづくりの方法はタイの人々との親和性が高いのですね。ではLIPE事業で自社のmcframe IoTシリーズ を教材として提供されている渡邉さんにお聞きしたいと思います。このLIPEのリーンIoTは日本流のIoTと言ってもよいかと思いますが、欧米流のIoTと比較するとどう違うのでしょうか。

渡邉祐一氏:日本企業は基本的に物事の発想が人中心だと思います。欧米流だと、極端に言えば人を工場現場のパーツとして捉えます。言われた通りに、手順通りに作るようコントロールするわけです。

もちろん日本企業も人が主役とはいえ、きちんと手順通りにものづくりをしなければいけないのは当然のことですが、カイゼンが必要なところがあれば、日々の現場オペレーションの中でカイゼンしていきます。そういった意味で人中心の発想なのです。

欧米流のIoTはどちらかと言えばソリューションだけを提供して、これをそのまま使えという発想があるのですけれども、我々はソリューションだけでなくトレーニングも提供しますし、考え方を教えるなど、人を育てることに軸足を置きます。そうすることにより、ツールを活用しながら自らカイゼン活動ができるようになっていくところが欧米流とは全く違っています。

人をパーツとしか見ない欧米流に対し、人を中心に据えるからこそ、リーンでシンプルにスタートし、考える機会を提供するのが、我々が提供しているトレーニングでありソリューションなのです。

司会:人の成長が伴わなければ技術も使いこなせないということですね。今おっしゃった人中心の考え方は、デンソーさんが世界で初めて導入したTPM(Total Productive Maintenance:全員参加の生産保全) の考え方にも近いように思いますが、横瀨さんいかがでしょうか。

横瀨:渡邉さんのお話と一緒ですが、人中心という考え方こそ我々日本の製造業がずっと核心に置いてきたことですし、それが今もって強みだと認識しています。

一方で、この強みはこれからデジタル社会が来る中で失われつつあるとも言われています。先ほど和田さんがおっしゃったように、デジタル化を進めていきながら日本のものづくりのレベルをもう一段高くあげていかなければならないと、我々も危機意識を非常に強く持っています。

日本がこれまで培ってきたノウハウを体系化してまとめ、今回のLIPEのように教材化していくことで、タイの皆さまに技術を提供してタイの製造業のレベルを上げつつも、これから日本で新しくものづくりを志す若い人にも分かりやすい形で提供できると考えています。それこそが和田さんが先ほどおっしゃったような、日本への逆輸入にもつながっていくと思っています。

(文・共同通信デジタル 須藤祐介 / 撮影・Yoko Sakamoto)

③「タイランド4.0の実現 どう支援する?」に続く

※本インタビューは2021年7月現在の内容です。

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B-EN-Gタイ

ASEANでは最初の拠点としてバンコク市内に2003年設立された。タイに進出している日系企業を中心に、生産管理、原価管理、会計管理、IoTソリューション等の導入支援やコンサルティングを提供し、デジタル化支援を行っている。長年培われた現地パートナー経由での導入や現地企業への導入も増えている。B-EN-Gタイには約40人の現地社員が在籍。タイ語が堪能な日本人社員も数名いる。

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